朧【0:3:2】

【題名】「朧」

【読み方】 「おぼろ」

【あらすじ】

__見たいものだけを、貴方は見ていませんか?

__信じたいことだけを、貴方は信じていませんか?


【出演人数】:5人(女3性別不問2)

時間:20~30分(推定)

配役

◆小百合:【女】本名 本郷小百合。小〜中学生前後の女の子

◆母:【女】本名 本郷心音。小百合の母親

◆チホ:【女】小百合の心の中にいる精霊的存在。小百合のことが好きで良く気にかける

◆キョウ:【性別不問】小百合の心の中にいる精霊的存在。口が悪く小百合のことをよくおちょくる

◆職員(兼役:親族):【性別不問】口調は女寄りですが性別不問。性別変更、語尾変化可

 

 

* * *

 

 

母:だから!言うこと聞いてって言ってるでしょ!

 

小百合:何が気に入らないの!何言ったってお母さんは怒鳴りつけるくせに!

 

母:貴方のためを思ってるの!!

 

小百合:もういい!部屋戻るから入ってこないで!

 

母:ちょっと…!

 

0:小百合、部屋の中に入る

 

小百合:何がそんなに気に入らないんだか…!

 

チホ:小百合ちゃん?ものすごい音が聞こえたけどどうしたの?

 

小百合:チホ聞いてよ!お母さんがまた私を怒るの!

 

チホ:へぇ、今度は何で?

 

小百合:包丁は危ないから使わないでって!小学生じゃないんだから!

 

チホ:小百合ちゃん、最近料理の勉強してるんでしょ?お母さんだって分かってくれる気はするんだけどなぁ

 

小百合:そうよ!1回やった時は何も無かったのに…

 

チホ:なら、1回お母さんに何か手伝いたいって正直に言ってみるのはどう?小百合ちゃんがそう言ったらお母さんだって断りはしないでしょ

 

小百合:でもさっきは駄目だったよ?

 

チホ:料理じゃなかったら良いとか、これだけならいいとか、色々あるわよ。とりあえず行ってきたら?お母さんのお手伝いがしたいんでしょ?

 

小百合:なら、私やってみる!!

 

0:

 

小百合:お母さん!私なにか手伝えることある!?お料理じゃなくても洗濯とか掃除とか、いっぱいすることあるでしょ?

 

母:………なら、洗濯物を畳んで

 

小百合:ホント!?分かった!

 

小百合:(鼻歌)〜♪よし終わり!他になにかないかな……

小百合:あ!お母さんいつもこのシャツにアイロンかけてた!こっそりやって驚かしちゃお!えっと、アイロンに水を入れてスイッチを押して………。使えるようになったかな……よし!

 

母:危ない!!!!!

 

小百合:きゃっ!

 

母:ちょっと何してるの!危ないでしょ!?鉄のところ触ろうとして…火傷したらどうするの!

 

小百合:だって、だって…!いつもアイロンしてたから…

 

母:勝手なことしないでって何回言ったらわかるのよ!!

母:もう触らないで。晩ご飯が出来たら呼ぶからそれまで部屋にいて!逆に時間食うでしょ!

 

小百合:なにそれ……きゃっ!

 

母:何もしなくていいから、お願いだからそこにいて

 

0:扉を強く閉める音

 

 

チホ:小百合ちゃん!

 

小百合:お母さんの…お母さんのばかぁ!!!わたしっ……がんばっておかあさんの役に立とうとして……っぐす……

 

チホ:小百合ちゃん…

 

キョウ:ったく、小百合は最後までやらねぇくせに、いらねぇことは進んでする阿呆(あほう)だよな

 

小百合:なっ!そ、そんなこと言わなくたって…

 

チホ:キョウ〜〜?小百合ちゃんに向かって何言ってんのよ!小百合ちゃんはお母さんのためにやったのよ!?その前だってお母さんは喜んでくれたって話だったじゃない!どうしたらそんなひねくれた意地悪な言い方できるわけ!?

 

キョウ:そりゃ愛娘(まなむすめ)が自分の誕生日に飯作ってくれたら喜ぶほかねぇだろ。いくら片付けまで出来なくてもよ

 

小百合:うっ…確かに片付けなかったけどさ…でも、あの時はあの時じゃん!料理はできたんだから大丈夫なの!

 

キョウ:あの時は子供用包丁だったんだろーが。大人用の包丁なら今ごろ小百合ちゃんの指はたちまちソーセージになってたぜ。あー、ちゃんと教えてやる俺様ってばやっさしー

 

チホ:キョウ。それ以上小百合ちゃんをいじめないで。小百合ちゃんはお母さんのお手伝いがしたかっただけなんだから。そうよね?

 

小百合:うん。包丁はまだしもお米洗うとか盛り付けするとかさ…そんなんもさせてくれないんだもん。おかしいよね、チホ!

 

チホ:確かに少し過保護っぽいところがあるとは思うわ。

 

キョウ:けっ。相変わらずチホは小百合に甘ぇんだから。ちったあ俺様を見習えってもんだ。

 

チホ:だとしても言い方ってものがあるでしょ

 

キョウ:正論言って何が悪いんだぁ?だいたいお前が甘やかしてばっかだからコイツがこんな甘ちゃんになるんだろうが

 

小百合:…………

 

キョウ:おい小百合、お前のことだぞ

 

小百合:えっあ私?

 

キョウ:…だーもう!やってられっか!今話してた事の中心にお前が居たじゃねえか!そうやっていつもトロイから母親にも愛想尽かされんだろ!!

 

チホ:キョウ!!言い過ぎよ

 

小百合:…じゃあどうすれば良かったのよ……っう、ぐすっ…っひっく……

 

キョウ:チッ、めんどくせえ

 

チホ:泣かないで小百合ちゃん。そうだわ!前に遊んだお人形遊びしましょう!うさぎとクマのお人形!

 

小百合:……うん

 

キョウ:俺様はやんねぇからな

 

チホ:ハナから期待してないわよ馬鹿

 

0:少し間をあける

 

小百合:あれ………ない!無い!!

小百合:チホ!!お人形がどこにもないの!!

 

チホ:なんですって!?本当にどこにも?

 

小百合:うん……

 

キョウ:けっ、どうせもう捨ててるのがオチだぜ。だって俺様、人形なんか見た事ねぇからな

 

小百合:ここにしまってたの。いつもこの棚の1番下に入れてたから

 

キョウ:ホントにそこにしまったのかよ。小百合の思い違いっつー説はねぇのか

 

小百合:うるさいな!あるったらあるの!絶対ここにしまったはずなのに!

 

チホ:……ねぇ小百合ちゃん。こんなこと考えたくはないんだけど、お母さんが盗ったってことはないかしら

 

小百合:お母さんが、私のお人形を?

 

チホ:だって、最近小百合ちゃんにも辛く当たって、いつも厳しい言葉ばかりで、小百合ちゃんを気づかう言葉を聞かないわ。お母さんが意地悪でお人形を隠したんじゃ……

 

キョウ:おいおい…いくら母親でもそこまですることあるか?チホ、お前それはぶっ飛んだ考えすぎだと俺様は思うぞ。小百合だってそう思うだろ

 

小百合:で、でもさ、確かにお母さん、最近ずっと私のこと怒ってくるんだよ?それに、私は確かにここにお人形を入れたの。間違いない。でもここには無いんなら…お母さんが盗ったって考えちゃうよ

 

キョウ:なんのために?

 

小百合:それは…

 

チホ:そんなの嫌がらせに決まってるわ!!だってあんなに辛い言葉ばっかり言われて、手伝おうとしても断られて、母親としての愛情なんか無いじゃない!こんなの母親のすることじゃない!虐待よ虐待!!

 

小百合:そう、だよね。やっぱりお母さんが盗ったんだ、私のお人形…

 

チホ:返してもらいに行きましょう!こんなの到底許されることじゃない!

 

小百合:でも、お母さんは晩ご飯までここにいてって……

 

チホ:虐待する親の言うことなんて聞かなくていいわよ!小百合ちゃん、これは立派な窃盗よ。お母さんは悪いことをしてるの。ちゃんと駄目だって言わなくちゃ

 

小百合:……そうだよね。お母さんは私のお人形を盗ったんだから、ちゃんと返してもらわなきゃ

 

キョウ:おい!一旦待て。今のお前らは感情的になり過ぎてんだ。落ち着いて考えろ。ちょっ、俺様の話聞けよ!!おい!

 

キョウ:…あーあ、俺様もうしーらねーっと

 

0:

 

小百合:お母さん!

 

母:部屋にいてって言ったじゃない。なんの用?

 

小百合:私のお人形返して!お母さんが盗ったんでしょ!?

 

母:はあ?人形?

 

小百合:とぼけないでよ!うさぎとくまのお人形!!棚の一番下に置いてたのに無くなってた!盗ったのは分かってるんだから早く返して!

 

母:返してって……最初からそんなもの無いでしょ。何言ってるの。

 

小百合:そんなわけないでしょ!嘘つかないでよ!お母さんが盗ったの!早く返しなさいよ!

 

母:だから知らないって!大体、人形なんて今の年齢になって必要でもなんでもないでしょ!

 

小百合:嘘だ!お母さんが盗ったってチホが言ったんだから!!

 

母:は?チホ?誰のこと言ってるのよ。

母:そんな人、見たことも聞いたこともないけど

 

小百合:チホはチホだよ!私の話をずっと真剣に聞いてくれる女の子!本当はもう1人いるけど、キョウは私に冷たいんだもん。キョウもお母さんと一緒よ。

母:(ため息)よく考えてよ。この家に家族以外の人がいるのはおかしいでしょ?少し考えたら分かるじゃない。どうしてそう、いつもいつも自分に都合のいいように解釈するの?

 

小百合:お母さんこそ、私の言うことをなんでも否定しないでよ!この家で私を認めてくれるのはチホだけなの。いつも私を否定して怒鳴るお母さんとは大違いよ!

小百合:チホが私のお母さんなら良かったのに

 

母:私だって、好きでそうなってないわよ!!

 

小百合:………そんなふうに思ってたんだ。

 

母:あ……違うの。これは…!

 

小百合:もっと前から言ってくれれば良かったのに。それなら私だって余計な期待しなかった。そうなんだ、お母さんはずっとそう思ってたんだね。ごめんね?お母さんの望む娘になれなくて

 

母:ねぇ待って、違う、違うの

 

小百合:そうだ。ここからも直ぐに出ていって欲しいよね。分かってるよ。すぐ出ていくから

 

母:ねぇ待って!話を聞いて!お願い!お_____

 

0:扉の閉まる音

 

小百合:…………

小百合:…チホ、どうしよう。私、お母さんに酷いこと言っちゃった。

……あれ、チホ?

 

キョウ:チホならいねぇぞ。今、ここには俺様と小百合の2人だけだ。

 

小百合:じゃあキョウでもいいや。あのね、お母さんに酷いこと言っちゃった。本当は思ってないことまで言っちゃった。どうしよう、どうしたら、いいと思う?

 

キョウ:なんだ、キョウ「でも」いいやって。久々の2人きりでの会話だぞ。もっと喜びやがれ。

キョウ:そんで?小百合自身はどうしたいんだ

 

小百合:…ギスギスしたまは嫌

 

キョウ:んじゃ謝りに行くか?

 

小百合:そうしたいけど、お母さん、多分今は私の顔見たくないだろうし…

 

キョウ:俺様は、直ぐに謝りに来てくれた方が嬉しかったけどな。今までもずっとそうだったじゃねぇか。

 

小百合:そう…だね。でも、謝るのが自分になると急に怖くなる。おかしいよね

 

キョウ:いや?至って自然な考えだと思うぞ。人間ってのはそういうもんだろ。次、いつ謝れるかも分からねぇんだ。後悔しないうちにな。

 

キョウ:そうだ小百合、謝りに行く前にちょっと俺様と雑談でもしろ。お前にゃいっぺん落ち着く時間が必要だ。それに、今はチホがいない絶好のチャンスだからな

 

小百合:えー?キョウと?

 

キョウ:なんだその言い草。言っとくか後で絶対感謝すんだからな!

キョウ:んじゃま、思い出話からしていくか。

 

0:(しばらく会話のため間を開ける)

 

キョウ:…ま、こんくらいでいいだろ。お前もそれでいいな。ここ。ここに入れてんの忘れんなよ

 

小百合:うん。やり忘れたら後悔してた。本当にありがと。キョウにもいいところあるじゃん

 

キョウ:「にも」たぁ余計だな。俺様はいつだって最高を更新し続けてんだよ。そんじゃ、とっとと謝りに行け。俺様もそこまで暇じゃないんでね

 

小百合:わかった!行ってくる!

 

0:母親がリビングで誰かと電話をしている

 

母:ええ………もう嫌になってしまって。今までずっと耐えてきたんですけど、そろそろ限界も近くて…

 

小百合:お母さん…?誰と話してるんだろう

 

母:こんなこと、考えちゃいけないとずっと思ってて…。そんな時にこちらのことを知りまして。一縷(いちる)の望みをかけてご連絡を………

母:…えぇ、、ええ。本当ですか?それは、なんとお礼を言っていいか!!明日からでも大丈夫ですか?ありがとうございます!

 

0:少し間をおく

 

母:やっぱり、母親のふりをし続けるのは疲れてしまいますから

 

小百合:………え?

 

母:これで肩の荷が降りた気がします。信じ込んでいる分私も何とか合わせなきゃとずっと思ってて……。やっと羽が伸ばせる………

 

小百合:お母さんが、お母さんじゃ、ない……?

 

チホ:てことは…今いる家ももしかして、、

 

小百合:チホ?いつの間にここに…

 

チホ:そんなことより!お母さんがお母さんじゃないとしたら、じゃあここは一体誰の家なの?

 

小百合:え……そう、いえば…家の間取りもこんなじゃなかった…。私の部屋はこんなじゃなかった。ベッドじゃなくて布団だった。クローゼットじゃなくてふすまだった!床も…!フローリングじゃない…

 

チホ:もしかして、、私たち誘拐されてた…!?に、逃げましょう!

 

小百合:逃げるったってどこに!?

 

チホ:とりあえずここじゃないどこかよ!こっち!部屋の窓から出て駅まで行くわよ!

 

小百合:あ、待ってチホ!!

 

 

キョウ:…ん?どわ!?なんだなんだ!何があった……おいおい…

キョウ:チホ!お前何やってんだ!

 

チホ:お母さんがお母さんじゃなかったの!

 

キョウ:は?いやお前、んなこと今更だろうが

 

小百合:知ってたの?

 

キョウ:あー…、そういやそうだったな。お前とチホは、知らない気でいたんだもんな

 

小百合:知らない気ってどういうこと?初耳なんだけど。

 

キョウ:いつまでも俺様らと…いや、チホとばっか喋り続けてっからそうなんだよ。ったく、ちぃせえおつむになっちまったもんだぜ

 

チホ:なにそれ、意味分かんないわよ!

 

小百合:でも、ならさっきの電話は…?

 

キョウ:そりゃ俺様も知らねぇぜ。誰からの電話だったか分かるか?

 

小百合:わかんない。でもなんか、明日からどうとか言ってたよ

 

キョウ:んじゃ、明日になったらわかるんじゃね?ふ、ぁあ〜……。あーだめだねみぃ。とりあえずは明日考えてみるってことで、今日はもう寝ようぜ

 

チホ:呑気すぎるわよ!なにかの事件に巻き込まれてたらどうするの!?

 

キョウ:だーかーらー!!大丈夫だっつってんだろうが!

 

チホ:私はそうは思わないわよ!

 

小百合:チホ…、私も眠い。今日は、、もう寝よ…?

 

チホ:小百合ちゃん!意識を飛ばしちゃダメ!

 

キョウ:諦めろチホ。そう大変なことにゃならねえよ。欲求に従わせてやれ。

 

チホ:……覚えときなさいよね

 

キョウ:もうすぐいなくなっちまう俺様のささやかな仕返しだバーカ。そっちこそ、俺様が居なくても暴走すんなよな

 

チホ:さあ?それは小百合ちゃん次第よ。私は小百合ちゃんの行動に従うだけだもの

 

キョウ:あっそ。んじゃ、くれぐれも小百合に馬鹿な真似はさせないようにな

 

 

 

 

 

小百合:ん……(あくび)あれ、、ここどこ…?

小百合:え、何この部屋…、私の部屋じゃない…家具も、ベッドも、全部違う!なんで!?そうだ…!ここから出てみなきゃ…

小百合:………鍵が、、かかってる…?

 

チホ:小百合ちゃん!ここ、家とはまた違う場所よ!?

 

小百合:なんで!?私たち昨日家で寝たはずじゃない!

 

チホ:とにかく外に…待って!誰か来るわ!扉を開けてきたら突き飛ばして逃げるわよ!

 

小百合:そ、そうだよね!開けてきたら逃げる…開けてきたら逃げる……

 

職員:失礼します。お加減いかがですか…

 

チホ:今よ!

 

職員:本郷さん…きゃあ!?

 

小百合:ごめんなさい!

 

チホ:小百合ちゃん!こっち!扉がある!

 

小百合:…っ!閉まってる…!

小百合:開けて!ここから出して!ねえ!!出してってば!!!

 

職員:本郷さん!やめましょう!手に傷が…!

 

チホ:もう追いついたの!?

 

小百合:やめて!離してよ!家に返して!ここはどこなの!もう訳わかんない!お母さんの所に返して!!

 

職員:落ち着いてください!夜になったら迎えに来ますからそれまでここにいましょう?ほら、折り紙とかお絵描きとか色々ありますよ?こっちで一緒に遊びませんか?

 

小百合:今すぐ帰るの!こんなとこ知らない!急に連れてきて何するつもりよ!触らないで!

 

職員:えぇ?ですが確かに今朝ここに来て…。週1でここに居ると聞き及んでおりまして…

 

小百合:もしかしてお母さんがそんなことしたの!?

 

職員:お母さん?いえ、お母さんというか…

 

チホ:お母さんが私たちを捨てたってわけ!?そんなのって、そんなのってないわよ…!

チホ:……もういい…。小百合ちゃん、さっきのところに戻りましょう

 

小百合:チホ?どうして?

 

チホ:こんなこと、もう終わりにするのよ

 

小百合:どういうこと?

 

チホ:とりあえず行きましょう?

 

小百合:え……う、うん

 

職員:本郷さん?どちらに…

 

小百合:私に触らないで!

 

 

 

 

小百合:それで、一体どうするの?

 

チホ:私分かったの。これはきっとタチの悪い夢なんだって

 

小百合:夢?

 

チホ:そう。意見を無視するお母さん。いつも厳しいお母さん。あまつさえこんなところに閉じ込めて…。こんな辛い世界、小百合ちゃんが悲しいだけよ。

チホ:ならいっそ、このまま眠ってしまいましょう?そしたらきっと夢の中で、楽しい時間と、本当の優しいパパとママがいるわ。この世界には踏ん切りをつけて、夢の世界で、ううん。本当の現実でずっとずっと遊びましょう?

 

小百合:本当の、パパとママ……

 

チホ:小百合ちゃんだってそんな世界の方がずっといいでしょう?

 

小百合:そうだけど、、でも…

小百合:そうだ、キョウはどう思う?キョウ!

 

チホ:キョウはもう居ない。だから、小百合ちゃんがちゃんと考えて決めるのよ?

チホ:でも、ここに居続けて、それで楽しい毎日が過ごせるの?あの辛い辛い時間に戻りたいの?

 

小百合:そ、れは……

 

チホ:そんなの嫌でしょう!?そんな世界なんて捨てちゃえばいいの!でしょ!?

 

チホ:……そう、だよね。ここにいたって辛いだけだもん…。私の理想の世界の方がいいに決まってる………

 

チホ:そうよ小百合ちゃん!!行きましょう?私たちの理想の世界に

 

小百合:うん。そうだねチホ。あっち世界はもう捨てちゃおう。

小百合:あっちの世界に、私の居場所はもう無いから

 

 

 

 

 

0:(読経の音)

 

親族:心音(ここね)ちゃん、久しぶり。早いね、もう1年だなんて……

 

母:あ…わざわざありがとうございます。

 

親族:大変だったでしょ。お父さんが急死した分、分からないことだらけだっただろうし…

 

母:いえ…。色んな人が助けになってくれましたから。結局、母は私のことを最後まで祖母だと思い込んでましたけど。

 

親族:それでも、辛かったんじゃないの?

 

母:…私、最低なんです。お母さんに対して酷い言葉ばっかり言っちゃった。お母さんが善意でしてくれたことにも口出して怒っちゃって…。毎日喧嘩、みたいな。謝ろう謝ろうと思ってたうちにお母さん死んじゃって……

母:悲しいし、後悔ばかり募っていくんですけど、でも、心のどこかでもう頑張らなくていいんだってホッとしてる自分もいて…。最低ですよね。お母さんが亡くなってこんな気持ちになる娘なんて…

 

親族:そんなことない。今まで張り詰めてた糸が切れただけだよ。心音ちゃんあんなに頑張ってたんだから、気にする必要ないって。デイケアの人も定期的に話を聞きに来てくれてるんでしょ?

 

母:はい。それで、施設の人とちょっとずつ遺品整理をしてたら手紙を見つけて。………「心音へ」って。お父さんとの事とか、私の結婚式の事とか書かれてて、あぁ…お母さん、まだ私の事ちゃんと覚えてくれてたんだ、って……。完全に忘れたわけじゃなかったんだって……。嬉しくて。これから先、また前を向けます。母とちゃんとお別れができます。

 

親族:うん。いいと思う。何かあれば言ってね。力になるから。

 

母:はい。ありがとうございます。

 

 

 

 

キョウ:小百合。心音はちゃんと手紙を見つけたぜ。

 

キョウ:俺様だってお前の目を盗んで小百合に手紙を書かせるのくらいできるっつーの。舐めんなガキが。…結局、最期の決断はお前の思い通りだったけどな。

キョウ:けど、最後の最後に小百合を母親に戻した俺様の勝ちだ。チホ、お前は知らねえかもしれねえけどな、人間ってのは強いんだよ。ばーか

キョウ:…さて、俺様も小百合と一緒に寝るとしますかね。あいつ、寂しがり屋だしな

 

 

* * * 


死亡診断書

本郷小百合(87) 女性

7月17日 デイケアセンターにて永眠

死因 アルツハイマー型認知症による衰弱死

 

花より桜餅

さくらもちの台本置き場 未完結ものアリ〼

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