幸福の国 【1:2:1】

[※はじめに]

この作品はライターサークル『のべるぶ』内にて発足した創作世界『ノベルニア』という企画をもとに作られた作品になります。つきましては営利目的での上演(有料公演)を禁止いたします。ご了承のほど宜しくお願いします。


キャスト

◾︎オリヴィア=ノーラン 女、考古学者

◾︎サフィール 男、幼い風貌と声色

◾︎機械人形 性別不問、カタコトに喋ってください

◾︎ヴァネッサ=リード 絵本の朗読のように読んでいただければ

 

 

* * *

ヴァネッサ:『そこには、満面の蕾がありました。それはまるで、国まるごとが花壇のようでありました。』

 

タイトルコール

ヴァネッサ:『幸福の国』

 

 

_________


ヴァネッサ:ながいながい一本道を、オリヴィアという1人の女の子が歩いています。大きなモミの木で立ち止まり、オリヴィアは木陰に腰を落ち着かせました。

オリヴィア:「ふぅ…ちょっと休憩するか…」

オリヴィア:「(水を飲む)んっく……、はぁ…。」

ヴァネッサ:オリヴィアが地図を広げます。どうやら、印のついた場所に行きたいようです。地図は端のほうがボロボロで、長い間使ってきたことが見て取れました。

オリヴィア:「さてと……ん?なにこれ。」

ヴァネッサ:オリヴィアの視線のには、自然豊かな場所に似つかわしくない、たくさんのカプセルが散らばっていました。

オリヴィア:「なんでこんなところに…うわっ!?」

ヴァネッサ:オリヴィアは驚いて後ろに倒れてしまいました。彼女の視線の先には、小さい子供が、鞄をひっくりかえして倒れていたのです。

オリヴィア:「だ、大丈夫!?」

サフィール:「ぅ…く、すり……」

オリヴィア:「薬って、これ…?」

サフィール:「は、やく……」

オリヴィア:「待って!今あげるから!」

ヴァネッサ:オリヴィアはカプセルを少年の口に運び、自分の水筒の水を飲ませました。

ヴァネッサ:こくり、こくりと水を飲んだ様子にオリヴィアはほっと息を漏らします。

サフィール:「(水を飲む)……はぁ、たすかった。感謝する。」

オリヴィア:「もう大丈夫なの?」

サフィール:「ああ、しばらくはなんともない。迷惑をかけたな。」

オリヴィア:「いや、別にいいんだけど…。貴方みたいな子供が1人でどうして?親御さんは?」

サフィール:「しらん。何年も前にいなくなった。」

オリヴィア:「はぁ!?子供を置いて!?」

サフィール:「うるさい…。」

オリヴィア:「そりゃそうもなるわよ!」

サフィール:「もう親の顔も忘れた。いまさらどうでもいい」

オリヴィア:「そんなこと言ったって……。とにかく!貴方はすぐに帰りなさい。送っていってあげるから。」

サフィール:「むりだ。もうあそこを出てから3週間はたつ。いまさら戻れるか」

オリヴィア:「嘘でしょ……!」

サフィール:「むしろ、目的地のほうが近いまである」

オリヴィア:「どこなの?」

サフィール:「エテルノだ」

オリヴィア:「エテルノ?えっと…、(地図を見る)確かにここから近いっちゃ近いか…」

サフィール:「ぼくはどうしてもそこに行かなきゃいけない」

オリヴィア:「なんで」

サフィール:「説明するのは、むずかしい…」

オリヴィア:「………。わかった。私がエテルノまで一緒に行ってあげる。」

サフィール:「!いいのか?」

オリヴィア:「君みたいな子を今更1人きりにさせられないわよ。どこでまた倒れるかわかったものじゃないし…」

サフィール:「それは、とてもありがたい。こちらからもお願いする。」

オリヴィア:「よろしく。私はオリヴィア、オリヴィア=ノーラン」

サフィール:「サフィールだ。短い間だが、よろしくおねがいする。」

ヴァネッサ:オリヴィアは屈んでサフィールと握手をします。サフィールの手が自分の手で覆い隠れることに気づき、本当に小さな手だな、と思いました。

 

 

ヴァネッサ:さて、それから数刻(すうこく)が過ぎました。日差しが強かった空は段々とお星様が飲み込んでいき、小枝ほどの細さのお月様が顔を出し始めます。

オリヴィア:「今日はここで野宿だけど、大丈夫?」

サフィール:「大丈夫だ。からだも落ち着いている。」

オリヴィア:「ねぇ、聞きたかったんだけど……、どうして薬を飲んでるの?病気かなにか?」

サフィール:「まぁ、、な………」

オリヴィア:「っごめん。あんまり言いたくないよね。ぶしつけだった。」

サフィール:「いや、いいんだ。」

サフィール:「その、なんだ…。『不治の病』というやつでな。もう、あまり長くないんだ。」

オリヴィア:「そう、だったんだ……」

サフィール:「あまり気を落とさないでくれ。人はいつか死ぬものだ。それが遅いか早いかの違いにすぎない。」

オリヴィア:「でも、貴方は私よりずっと子供じゃない…」

サフィール:「きみは今いくつだ?」

オリヴィア:「25よ。」

サフィール:「なんだ。ぼくより歳下だ。」

オリヴィア:「はぁ!?だって君、どう見たって子供で…」

サフィール:「これは薬の副作用だ。病(やまい)の進行を遅らせる代償なんだ。」

オリヴィア:「そういうことなのね…」

サフィール:「最近はくすりを飲む間隔も、だんだん短くなってきている。そろそろこれも効かなくなるだろう。」

サフィール:「どうせなら、行きたい国に行って死にたいんだ。」

オリヴィア:「………」

サフィール:「そこまで深刻にならなくてもいい。オリヴィアはなにも悪くないし、これはぼくのエゴだからな。」

オリヴィア:「うん………」

ヴァネッサ:けれどもオリヴィアはその日一晩中考えてしまい、少ししか眠れませんでした。

 

 

 

ヴァネッサ:翌日、固めのパンと白湯を飲んだ2人は、再びエテルノを目指して歩き始めました。

ヴァネッサ:時には獣道を進み、時には湖で水浴びをして、やがて2人の目の前に城壁のような白い建物が顔を出し始めました。

オリヴィア:「あとどのくらい?」

サフィール:「んーと、あともうすこしだよ。」

オリヴィア:「はーい。これで君のお守りも終わりか。」

サフィール:「助かった。礼をいうよ。」

オリヴィア:「ところで、ずっと気になってたんだけど、どうして君はこんな世界の端っこみたいなところに行こうとしてるの?」

サフィール:「・・・あそこは、エテルノは『幸福の国』らしいんだ。」

オリヴィア:「幸福の、国…?今、幸福の国って言った?」

サフィール:「うん。その国はだれもが口をそろえて、『幸せだ』と豪語するらしい。ただの1人ものこらずね。」

オリヴィア「へぇー…なんだか不気味ね。」

サフィール:「不気味?」

オリヴィア:「だって、そんな国絶対何かあるに決まってる。」

サフィール:「そうだな。でも、ぼくはそれでも行きたいんだよ。本当に幸福になれる国なら、ぼくの墓場をそこにさだめたい。」

オリヴィア:「変な人」

サフィール:「でも、そんな変な人についてきた。きみも十分変な人」

オリヴィア:「あのね、『幸福の国』って言われて思い出したの。とある学者が残した手記に書かれてた文章が気になったことを覚えてる。『あの国は確かに幸せだろうさ。だが、あれは国なんかじゃない。墓標だ。』ってね。」

サフィール:「ふぅん…。ぼくにぴったりだな。がぜん興味がわいてきた。」

オリヴィア:「私、城門で貴方を送るつもりだったけど気が変わった。私も行きたい。その『幸福の国』に。」

サフィール:「…かまわない。ただぼくはあの国から出るつもりはないからな。」

オリヴィア:「…分かったわ。」

 

 

ヴァネッサ:2人は歩き続け、やがて城門まで辿り着きました。真っ白な壁がオリヴィアの背の何十倍もあり、城門というよりかは、それは『城塞』のようでした。

オリヴィア:「えっと、入口は…」

機械人形:「エテルノへようこそお越しくださいました。」

サフィール:「きみは?」

機械人形:「ワタクシハ、この国の案内役でゴザイマス。入国されるのハお2人デスカ?」

サフィール:「あぁ。ぼくはサフィールでこっちはオリヴィアだ。ぼくは移住希望なんだがいいか?」

機械人形:「承知シマシタ。オリヴィア様ハ 何日滞在サレマスカ」

オリヴィア:「1日で。」

機械人形:「データヲ入力シテオリマス…。手続きガ完了シマシタ。城門ヲ開きマス。」

ヴァネッサ:隙間のない城壁から、突然人ひとりが通れそうな穴が現れました。穴からのぞく景色は真っ白で、ほかは何も見えません。

サフィール:「いこうオリヴィア。」

ヴァネッサ:サフィールが先んじて穴を通ります。オリヴィアもそれに続きくぐって中に入ると、たちまちに穴は元の傷一つない城壁に戻ってしまいました。

オリヴィア:「辺境の地にこんな技術を持った国があったなんて…」

サフィール:「…!視界が開けるぞオリヴィア」

ヴァネッサ:塀を超えた先に見える景色は、一面の緑と、中央に咲くなにかの集まりでした。

オリヴィア:「これは牧場…?と、真ん中の白いものは何…?」

機械人形:「イマ 貴方がたガ立っているノハ 確かニ牧場デゴザイマス」

オリヴィア:「わっ!びっくりした」

サフィール:「移動もできるんだな」

機械人形:「ハイ。ガイドモ兼ねてオリマス。」

サフィール:「それで、あの真ん中にあるのはなんだ?」

機械人形:「近づいてご覧にナリマスカ?」

サフィール:「ああ。」

ヴァネッサ:オリヴィア達は機械人形に連れられて草原を横切っていきます。緑が白に変わる境目、自然が人工物に置き換わる場所には、おびただしいほどのカプセルがありました。

オリヴィア:「待って…、これ、全部赤ん坊…?」

機械人形:「大正解デス、オリヴィアサマ。」

オリヴィア:「ここは赤ん坊の世話をする場所なの?こんな屋外で?」

機械人形:「イイエ、ここに居る全てガ、エテルノノ国民デゴザイマス」

オリヴィア:「は……?」

機械人形:「エテルノノ国民ハ皆、赤子デゴザイマス。」

オリヴィア:「いや、ちょっと待ってよ。じゃあ貴方はどうやって作られたの?貴方を作った人は確かにそこにいたんでしょう!?」

機械人形:「彼もマタ、赤子ニナリマシタ。」

オリヴィア:「赤子に、”なった“…?」

機械人形:「お2人ハ、『永遠の陽だまりと月の花』トイウモノヲご存知デスカ?」

オリヴィア:「たしか、若返りの秘薬よね。老人を卵にまで若返らせるっていう…」

機械人形:「ハイ。ソレダケデモ大勢の人々ガ欲しがったデショウ。デスガ、エテルノノ国民ハ その上ヲ欲しがったノデス。人間で言う所ノ、『不老不死』トイウモノヲ。」

サフィール:「…国民たちは、ずいぶん傲慢だな。ただでさえ、都市伝説の眉唾ものなのに、さらにそのうえを目指そうなど。」

機械人形:「ハイ。ソシテ彼らハ、ソレヲ作り上げたノデス。タダシ、赤子デ成長ガ止まる『不老不死』デシタ。」

オリヴィア:「普通に考えれば失敗作よね。でも彼らはそれを手放しに喜んで、国民全員が使用したってこと…?」

機械人形:「エエ。何度カ失敗ガ続き、時にハ、病原体となってしまったこともアリマシタ。ようやく出来た成功作だったノデス。」

機械人形:「ソシテ国民ハ こう思い始めマシタ。『赤子のように何も考えず、ただ寝てミルクを飲む生活が一生過ごせれば、なんと幸せな事だろう』ト。」

機械人形:「ソシテ国民全員ガ、ソノ薬を飲み、赤子のまま何十年、何百年ト過ごしているノデス。」

サフィール:「なるほど。だから周りに牧場あるのか。ミルクをつくるための、牛を育てる場所が必要だったから。」

機械人形:「ソノトオリデス。」

オリヴィア:「でも、外部の人も全員受け入れてちゃいつか飽和しちゃうじゃないこんなところ。どうするの?」

機械人形:「ソノ際ハ古いモノカラ処分シテユキマス。赤子ハしっかりとした記憶ガアリマセン。故に処分シテモ、誰も気にシマセン。」

オリヴィア:「え、でもみんな不老不死なんでしょ?」

機械人形:「薬ガ開発サレテ早160ネン…、その薬ヲ打ち消す薬モ既に開発済みデス。」

オリヴィア:「機械人形(あなた)が自分の意思で開発したってことなの?」

機械人形:「ハイ。」

サフィール:「それに、自身の命をこいつに委ねた国民はもう全員赤子だ。異を唱えるものは、外部の人間を除いてもういない。そして、ぼくも異を唱えない。」

機械人形:「移住者ノ方々ニハ、薬ノ服用ガ 義務付けられてオリマス。」

サフィール:「あぁ、飲もう。」

オリヴィア:「はぁ!?いつか殺されるんだよ!分かってるの!?」

サフィール:「おれが欲しいのは安らぎだ。痛くなく、苦しくなく死ねるなら、異を唱えないのもあたりまえだ。」

オリヴィア:「だからって!こんなの間違ってるよ!生きてるのに死んでいるみたいな状態が何百年も続くんだよ!?」

サフィール:「オリヴィア。おまえの思いや考えはじつに正しい。だが、違う価値観をもつ人間にそれを押し付けるのは、まちがっているぞ。」

サフィール:「人が他人を完璧に理解することは不可能だ。ならばせめて、悩み抜いてだした答えを笑ってのみこんでやってくれ。」

オリヴィア:「サフィール……」

オリヴィア:「『墓標』…ね。学者の言うことは確かに合ってた。考えることをやめて、自分の生き死にを他人に委ねた時点で、死んだと同じだもの…。」

オリヴィア:「生きている人には『墓標』…。でも、生きることをやめた人にとっては、間違いなく『幸福の国』だわ。」

機械人形:「サフィール様、ドウナサイマスカ?イツ薬ヲ飲むカハ、本人ノ意思ニ委ねてオリマス」

サフィール:「すぐでかまわない。薬が効かなくなる前に飲まなければ。」

サフィール:「オリヴィアはどうする?まだここにいておくか?」

オリヴィア:「いいえ、もう出ていく。私が最後に見たサフィールは、『生きている人』にしたいもの。」

サフィール:「……そうか。」

機械人形:「ソレデハ、サフィール様ハココデお待ちクダサイ。オリヴィア様、お出口マデご案内シマス。」

オリヴィア:「じゃあ、さようなら。サフィール」

サフィール:「あぁ、さよならだ。オリヴィア」

 

_________

 

ヴァネッサ:城壁が閉じられ、サフィールも、機械人形も見えなくなりました。オリヴィアはまた1人で自身の目的地に向かって歩いていきます。

ヴァネッサ:夜になり、歩みを止めて休んでいたオリヴィアはふと空を見上げました。月は宵闇に飲み込まれ、光が彼女を照らすことは、ありませんでした。

(おしまい)

* * *

 

 


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