沙羅双樹の花の君【5人】※兼ね役推奨

【あらすじ】

日本橋の名所『陰間茶屋』。新人陰間の一颯は客の和雅をもてなそうとするが…

ようこそ。色と欲が入り乱れる場所へ

 

出演人数:おすすめ→5人【4:1:0】

2~10人(男8女1性別不問1)

時間:30~40分(推定)

配役

◆一颯(いぶき):陰間茶屋の新人陰間。純粋無垢

◆和雅(かずまさ):一颯の客。無骨

◆楼主:陰間茶屋の主人

(兼役:客&少年)

◆母:女、和雅の母

(兼役:芸子)

◆同級生:男、和雅の同級生

(兼役:陰子&旦那)


(兼役)

◆旦那:男、一颯の客の一人。ちょっと変態

◆陰子:陰間見習い。十歳前後の少年

◆客:40代前後の男、

◆少年:新聞売り

◆芸子:芸を売る女又は男

※兼役は変更可

 


【用語解説】 

○陰間⋯江戸時代に発展した男に色を売る男のこと。男娼ともいう

○楼主⋯遊郭や陰間茶屋の主人

○褥⋯客と一夜を共にすること、閨のこと

○朱⋯江戸時代の貨幣の単位。当時の価値で約1000円〜3000円前後

○身請け⋯客が気に入った遊女や陰間を指名して仕事を辞めさせること。身請けには『身請け金』という莫大な金が必要となる

* * *

 

 

和雅:『祇園精舎の鐘の声。諸行無常の響きあり』

和雅:『沙羅双樹の花の君。花は、どんな色に染まる?』

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タイトルコール

一颯:『沙羅双樹の花の君』

 

 

一颯:(煙管をふかしている) 

一颯:ねぇ、お兄さん。

 

和雅:…

 

一颯:少し遊んでいかない?俺との時間を買っておくれよお兄さん。

 

和雅:…臭い

0:(暖簾をくぐる音)

和雅:楼主、一夜買いたいのだが。

 

楼主:へい、誰になさいますか?

 

和雅:そこの、煙管(きせる)をふかしている者を。

 

楼主:一颯(いぶき)ですね。銀五朱(ぎんごしゅ)でさァ。一颯(いぶき)!お客様だ相手しな

 

 

 

【柳の間】

一颯:失礼しま~す。あっ!さっきのお兄さんだ~!お相手ありがとうございます。俺一颯(いぶき)。よろしく~♡

 

和雅:……

 

一颯:何して遊ぶ?あんまり芸事はできないけど…、お兄さんがやりたいことなんでもするつもりだよ?な・ん・で・も♡

 

和雅:お前が吸っていた煙管(きせる)だが、あれは客からもらったものか?

 

一颯:え?いや、親父様がくれたものだけど…

 

和雅:ではもう吸うな。お前が吸っているのは麻薬だ。

 

一颯:は…?

 

和雅:それから、もう少し駆け引きというのを覚えろ。今のお前は危なっかしくてかなわん。

 

一颯:ちょっ、ちょっと待ってお兄さん!なんでそんなに助言してくれるのさ?正直僕には見当が…あっ、、

 

和雅:(ため息)役作りすら素人か…。お前、店に出始めてまだ日が浅いな?

 

一颯:うっ、、そう…です。

 

和雅:俺が今日お前を買ったのは、危機感を持てと忠告しに来ただけだ。お前は根本的に陰間に合わん。このままでは楼主に薬漬けにされて、判断の鈍った愚かな情夫(じょうふ)に成り下がるだけだろうな。

 

一颯:薬漬け…!?

 

和雅:おおかた言うことを聞かせるためのものだろう。それからもう一つ。なんださっきの誘い文句は!

 

一颯:ひゃっ!?あ、あれは媚び売らないと客がつかないって言われて…!

 

和雅:はぁ…。初回から要望に全肯定では客に舐められる。楼主はそんなことも教えてくれなかったのか?

 

一颯:え、でもじゃあどうすれば…

 

和雅:一流の陰間は客を誘導するものだ。気づいたら陰間の思うつぼ。それが一流だ

 

一颯:客を、誘導…?

 

和雅:こればかりは経験だな。つまるところ、押し引きを習得して駆け引きに勝て。といったところか。

 

一颯:でも、でもさ?言うこと聞かない陰間ってどうなの?むかついたりしない?

 

和雅:不快にさせないようにするのがおまえたちの仕事だ

 

一颯:うーんそれじゃあ、お兄さんが来てくれなきゃ、俺またこれ吸っちゃお~…とか?

 

和雅:及第点だ。二週間後また来る。

 

一颯:待って!お兄さんの名前…

 

和雅:おまえから聞くな。では励めよ。

 

一颯:あ…

 

 

0:

和雅:(N)日本橋の名所、『陰間茶屋(かげまちゃや)』。

和雅:(N)江戸時代から続く、男が男に色を売るという商い。大通りからひとつ道を逸れるだけで、格子の奥から甘ったるい声が響くのが都心の日常と化している。

 

和雅:…不快だ

 

 

 

~二週間後~

和雅:楼主、一颯(いぶき)を一夜

 

楼主:へい。銀十朱(ぎんじゅっしゅ)でさァ

 

和雅:…値上げしたんだな。

 

楼主:はいよ。最近ようやく客がつきましてね…

 

和雅:そうか、それは喜ばしいことだな

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一颯:お兄さん来てくれたんだ!あのね!僕ね!

 

和雅:口調。俺が相手でも抑えろ。

 

一颯:わかった…

 

和雅:…うまくやっているそうじゃないか

 

一颯:!!そう!最近やっとお客さんがつくようになって…!

 

和雅:褥(しとね)は行っていないだろうな?

 

一颯:っ、してない!なにもされてない!

 

和雅:そうか。

 

一颯:あの、さ。ぼ…俺、いわれたとおりにちゃんと芸事がんばってたよ

 

和雅:そうか

 

一颯:親父様は、始めは出来なくてもいいって言ってたけど、でもやってみると意外に楽しかったし、客も喜んでくれたし…!それに…

 

和雅:(遮る)一颯

 

一颯:ん? 

 

和雅:先ほどからお前しか話していないことに気付いているか?ここは客が話す場所だ。慎め。

 

一颯:あっ、ごめんなさい…

 

和雅:…芸がどれだけ上手くなったのか見せてもらおうじゃないか

 

一颯:…!うん!三味線?それとも舞にしよっか?

 

和雅:では舞を。花柳流(はなやぎりゅう)はできるか?

 

一颯:おぼえたとこ。任せといてよ 

 

 

__________

 

 

一颯:ど、う…?

 

和雅:(拍手)二週間にしてはよくやったな。

 

一颯:ほんと!?

 

和雅:口調

 

一颯:あっ…んんっ!ご鑑賞ありがとうございます。

 

和雅:しかし意外だな。一颯、お前はまだ若いだろう

 

一颯:え、はい。15です。

 

和雅:盛(さか)りの陰間(かげま)に芸事を教えるのは例があまりないのだが、よく許可を出したものだ…

 

一颯:え?

 

和雅:陰間(かげま)は色を売るのが本来の仕事だからな。芸事を覚えるのは芸子になる者か売れていない者くらいだが…。一颯、お前が目指しているのは芸子か?

 

一颯:えっと…芸子って、何?

 

和雅:…知らないのか

 

一颯:ぁ…えっと俺、物心つくときからここにいて、外、出たことなくて…

 

和雅:はぁ~…楼主は何を考えてる…!

 

一颯:ごっごめんなさい!!

 

和雅:悪い、お前に言ったわけじゃない。ただ、、外のことを何も知らないのは困ったものだな

 

一颯:俺、どうすればいい?

 

和雅:そうだな…。訪れる客から情報を仕入れろ。

和雅:どんなことでもいい。職業・文化・着るもの食うものなんだっていい、情報を集めることを学べ。それがお前の力になる。

 

一颯:わかった。…てことは、それを確認するために、お兄さんはまた来てくれるんだよね?

 

和雅:よくわかっているみたいだな。では一週間後にまた来る。

 

 

***

 

 

一颯:またすぐ帰っちゃって…。はぁ~、

 

楼主:一颯

 

一颯:っ、親父殿…

 

楼主:それ、最近めっきり吸わなくなってしまったね?私のお気に入りだったから残念だ

 

一颯:ぁ、えっと…なんか煙たくてちょっと…

 

楼主:そうかい。まぁいい、習いの時間だよ。こちらへおいで。

 

一颯:ぇ……はい。

 

楼主:今日は良いトロロアオイが入ったんだ。お前もかぶれやしないだろう。

楼主:一颯は勉強熱心でえらいな。

 

一颯:…よろしく、お願いいたします。

 

_________

  

 

母:戻っていたのですね

 

和雅:母上…あの人はまだ?

 

母:ええ。いつものことです。

 

和雅:そう、ですか…

 

母:和雅、お前は母を裏切りませんよね?

 

和雅:えぇ母上。俺は遊女(あそびめ)も陰間も大嫌いです。

 

母:それでこそ私の息子です。もう湯はわいているからお入りなさい。少し匂いますよ

 

和雅:はい、母上

_________

 

 

 

【一週間後】

一颯:待ってたよお兄さん

 

和雅:課題はこなしてきたか?

 

一颯:もちろん。聞けたのはこの辺のことだけなんだけど…

 

和雅:言ってみろ

 

一颯:えっと、ここには割とお金持ちの人が多くて、それでこのあたりを治めてる領主さん?みたいな人がいて、こことか別のお店の統括してるって感じ。あとあと!このあたりはうなぎが有名!

 

和雅:(軽く笑う)おおむね正解だ。一週間でよく調べたな。

 

一颯:がんばっちゃった。知らないこと知れるの楽しいし、最近は良いやり方が分かって…!

一颯:あのね、こうして、上目でおねだりしてね…?

 

和雅:っ!!

 

一颯:『ねぇ。無知な俺に教えてくださいな?俺の脳みそを、あなたの言葉で染め上げてくださいな?』

一颯:…って!どう!?……お兄さん?

 

和雅:いい、、やり方だ。だが、やりすぎると危ういぞ

 

一颯:そ、、か…

一颯:やりすぎてもだめ…、やらなくてもだめ…。うーん…

 

和雅:押し引きだ一颯。客を口八丁手八丁で翻弄しても、客の生半可な言葉や態度、金じゃ落とせないほどの陰間になれ。どうせここに来るのは性癖をこじらせたド変態ばかりだ。存分にもてあそんでやれ。

 

一颯:お兄さんも弄(もてあそ)ばれたいの?

 

和雅:さあな。

 

一颯:…教えてくれないんだ。

一颯:いっつもそう。未だにお兄さんの名前も教えてくれないし…

 

和雅:……

 

一颯:僕がこれだけさらけ出してるのに、お兄さんのは何も教えてくれないの不公平だとは思わない?

 

和雅:思わんな

 

一颯:けちんぼ…

 

和雅:そうだな…、お前はまだ沙羅双樹(さらそうじゅ)といったところだ。

 

一颯:何それ?

 

和雅:平家物語の冒頭に出てくる植物のことだ。いつか消えてしまう例えの一つでな、すぐに散ってしまう危うさがお前にはぴったりだ。

 

一颯:なにそれ、散っちゃったら意味ないじゃん

 

和雅:あぁ、不名誉だろう?なら早く脱却してしまわないとな

 

一颯:そか、そっか…うん…!

 

 

__________ 

 

 

一颯:じゃあねお兄さん。また来てくれないとこれ…

 

和雅:分かっている。客を手玉に取るのが上手くなったな

 

一颯:ふふっ、俺をそういう風にしたの、お兄さんでしょ♬

 

和雅:っ…

 

一颯:どうしたのお兄さん?あ~?もしかして、俺に見惚(みと)れてた?

 

和雅:…うるさい。じゃあな

 

一颯:あっちょっと…!っく、はははっ!耳真っ赤じゃん

0:

一颯:沙羅双樹、か…。ふふ

 

楼主:沙羅双樹がどうかしたのかい?

 

一颯:っ!あぁ、親父様か…

 

楼主:沙羅双樹かい?確か仏教でとても神聖とされているものだったね。おまえにぴったりじゃないか

 

一颯:え、いやあの…

 

楼主:そうそう、上の座敷をすこし手伝ってきてくれるかい?貴(たっと)い方が来られていてね。よろしく頼んだよ

 

一颯:あ、、は、い…

 

 

***

 

 

和雅:ただいま戻りました。

 

母:和雅…、おかえりなさい…。

 

和雅:どうかしましたか母上?

和雅:…っ、(ため息)なるほど、あの人が…(舌打ち)

0:(やや乱雑にふすまを閉める音)

和雅:…臭い、うるさい、黙れ…だまれ!

和雅:これだから遊女(あそびめ)も、陰間も、嫌いなんだ…!

__________

 

 

【二週間後】

  

 

同級生:かーずまさっ!飲み行こうぜ!先輩がかわいー芸子連れてきてくれるんだとよ!

 

和雅:断る。

 

同級生:即答かよ!最近付き合い悪くね?学校だって休んでたろお前。あ、もしかしてこっそり遊郭(ゆうかく)にでも入り浸ってんのか?いやー羨ましいねぇ

 

和雅:それ以上口を開けば殺す

 

同級生:じゃあ来てくんねえと騒ぎ散らす♪

 

和雅:(ため息)

 

 

***

  

 

芸子:おんやまぁ、戸舘(とだて)の坊ちゃんじゃないか。珍しいねこんなとこ来るなんて

 

和雅:半(なか)ば拉致されてきた。でなければこんなところには来ない

 

芸子:そりゃ残念だ。坊ちゃんとも一度褥(しとね)を共にしてみたいんだがねぇ?

 

和雅:触るな。不快だ

 

芸子:あんれつれない。ほんとに息子なのかい?

 

和雅:……

 

芸子:まぁ、そう怒りなさんなよ、今日は楽しんでいきな。

 

和雅:楽しめるか…

 

同級生:ほら和雅飲めって!そだ、今さ、俺らの中で気になってるのがいてな?お前にも教えてやるよ!なんでも特段美人らしくてよぉ!呼び名もまた洒落(しゃれ)てんだよなぁ

 

和雅:くだらないな。

 

同級生:ほんと、女だったらよかったのになぁ…

 

和雅:…待て、芸子や遊女とは違うのか?

 

同級生:お、気になんのか?なんでも陰間だって噂だぜ?そっちに目覚めちまうやつも出てきちまったとか!

 

和雅:…詳しく教えろ

 

同級生:その気になったか?おしっ!今日は飲むぞ!!

 

__________

 

 

一颯:それじゃまたね、たかのりおじさま

 

客:また来るからな!『沙羅双樹(さらそうじゅ)の君(きみ)』!

 

一颯:ん?なんでその名前知ってるんだろ…言った覚えないんだけどな…。

一颯:はぁ……、お兄さん来ないのかな…。また来るって言ったのに、うそつき…

 

楼主:一颯

 

一颯:親父様

 

楼主:お客様は帰られたのかい?ちょうどいい。この間の続きだが…

 

一颯:お断りすると言ったはずです。

 

楼主:そうは言ってもだな…これはお前のためでもあるんだ。わかるだろう?ようやく客も付くようになったお前にとってまたとないチャンスなんだよ

 

一颯:何度言われても答えは同じです。それに、まだ相談だってできてないし…

 

和雅:……

 

一颯:あっ!お兄さんちょうどいいところに…うぇ!?酒くさ…

 

和雅:…行くぞ

 

一颯:え?ちょ、待ってお兄さん!親父様!俺部屋行くから!ちょっと!お兄さん!?

0:(ふすまを開ける音)

一颯:お兄さんどうしたの?最近来てくんなかったし、いつもお酒なんて飲んできたことないじゃん。変だよなんか

 

和雅:…和雅、だ

 

一颯:え?

0:(布団へ倒れる音)

一颯:っ!?お、にいさん…?

 

和雅:なんだ、せっかく教えたのに呼んでくれないのか?他の男の名は呼ぶくせに

 

一颯:は…?

 

和雅:変態じじい共と乳繰(ちちく)り合って楽しかったか?俺の付けた名を楽しそうに使っているそうじゃないか

和雅:不名誉だと、言っていたはずだろう!!!!

 

一颯:っ!!

 

和雅:何と言ったか…あぁそうだ、『沙羅双樹の君と一夜を共にすれば、極楽浄土に行けるような心地だ』だったか?

和雅:随分な御高名(ごこうめい)じゃないか。俺が付けた経緯もすべて無視して実に楽しそうだ。

和雅:そうか、俺のしたことは無駄だったか。結局、陰間など皆こんなものか…

 

一颯:まって、そんなの僕知らなくて…きっとおじさまたちが勝手に…

 

和雅:(遮る)黙れ!!!もういい勝手にしろ。俺もそうさせてもらう

 

一颯:は?何言って…んっ、んぅー!?

一颯:っ!!何すんの!?

 

和雅:接吻(せっぷん)くらい慣れているんだろう?わざわざ俺の前では生娘(きむすめ)のようなふりをしてご苦労なことだな。

 

一颯:違う!僕は…

 

和雅:お前の思い通り、もてあそばれてやろうじゃないか。ほら、いつもやっているようにねだってみろ

 

一颯:っ!(頬をたたく音)

一颯:…出てって。

 

和雅:客に向かってその態度か

 

一颯:よく調べもしてない情報を鵜吞(うの)みにした人に言われたくない。出てって

 

和雅:……

 

一颯:はやく!!!!

0:(ふすまが閉まる音)

 

一颯:いきなりなんなの…こんなんで名前知っても意味ないじゃん。せっかく、いい名前だねって、言いたかったのに…話したいことだって、いっぱいあったのに……。

一颯:泣きながら言われたら、どうしていいかわかんないじゃん…

 

 

 

***

 

 

和雅:(N)昨日の記憶は最悪の形でよみがえってきた。起きると焚(た)き染(し)めた甘ったるいにおいが鼻孔(びこう)をくすぐる。今はもうかぎなれた一颯の香(こう)の匂い。 

和雅:(N)俺は…あいつに何をした?手酷く罵って、あまつさえ許可なく唇に触れた。

和雅:(N)これでは、父と同じようなものじゃないか。よなよな遊女(あそびめ)や陰間と遊び惚けるあの人と何が違う!?

和雅:(N)なりたくはなかった。父親のような人間にならないようにと生きてきたのに

和雅:『血は争えない』なんて、死んでも考えたくなかったのに、結局、蛙の子は蛙ということか…。滑稽(こっけい)だな

 

 

 

_________ 

 

 

母:今日も学校へ自習に?

 

和雅:ええ。図書室で少々調べ物をと思いまして

 

母:それは良い心がけね。けれど大丈夫?最近あまり元気そうには見えないのだけれど…

 

和雅:心配せずとも母上の期待に応えてみせます。俺は死んでも父のようにはならないと決めましたから。ではいってまいります。

 

母:和雅…!いってらっしゃい……。

 

***

 

少年:ごうがーい!号外だよ!領主様がまたまた妾(めかげ)を取ったらしいよ!ほらほらそこのおやっさんも取ってって取ってって!そこのイカしてるお兄さんも!

 

和雅:相変わらず回るのが早いな……

 

同級生:和雅!

 

和雅:お前か…

 

同級生:ん?なんか瘦せた?いや、やつれたか?

 

和雅:別に何でもない。

 

同級生:おおそうか…?てか!読んだぜ~この号外!なんつーか、この記事も見飽きたよなぁ…。ん?どしたどした?

 

0:【沙羅双樹の君ついに身請けか。手折(たお)るのは稲葉(いなば)の次男坊との噂】 

 

同級生:おっ!この子この前話してた子じゃん!お目にかかる前に身請けたぁ運がねえなぁ…!

同級生:ん…?和雅?おーい、かずまさー?

 

 

 

*** 

 

楼主:旦那様もお目が高い!一通り仕込みはしましたが、一颯はまだ褥(しとね)を経験しておりませんので、旦那様のお気に召すかと!

 

一颯:………

 

旦那:ふむ、、こちらを向いてみぃ


一颯:………

 

旦那:やはり美しい…!あの夜お前を見初(みそ)めてから一秒たりとも忘れられなかったのだ…!その顔が羞恥(しゅうち)にまみれる様(さま)、早く見たいものだな

 

一颯:…悪趣味

 

楼主:(小声)一颯!滅多なことをいうもんじゃない!

 

旦那:よいよい!すこしくらい小生意気なほうがそそるものがある。

 

楼主:それは何よりで…

 

旦那:して、都合をつけておかねばならんからな。身請けできるのはいつごろだ?

 

楼主:次の大安(たいあん)はいかがでしょう?縁起のいい日に旦那様に身請けられればこの上ないほどに光栄でございますから。

 

旦那:ではそうしよう。…聞いているのか?おい、沙羅双樹の君。 

 

一颯:…じゃない

 

旦那:どうした沙羅双樹の君?

 

一颯:そんな名前じゃない。僕には一颯って名前がある。あんたが言うその名前は、不名誉だろうって付けてくれたあの人のための名前だ。あんたが呼んでいいものじゃない

 

楼主:一颯!すみません旦那様。よく言って聞かせますので。

 

旦那:よい。沙羅双樹の君よ、今の態度は不問としておいてやる。当日までに尻尾を振る準備でもしておいたほうが賢明だろうな?では楼主、私はこれで。

  

 

 

*** 

 

 

一颯:………

 

陰子:一颯さま、何かお腹に入れないと倒れてしまいます

 

一颯:ごめん…でも今は一人にしてくれる?

 

陰子:分かりました…。でもちゃんと食べてくださいよ?絶対ですよ?

 

一颯:分かったから。ありがとう

0:(ふすまが閉まる音)

一颯:……。ぁむ、んん…

一颯:ぅっ、、ぉえ…!げほ、けほっ…

一颯:(震えながら)はは……。いっそ、倒れられたらいいのになぁ…

 

陰子:(息を切らしながら)あのっ…!一颯さま!

 

一颯:っ!ど、どうしたの!?

 

陰子:その、、表でお客さまがお待ちでして…、和雅さまっておっしゃってるんですが…

 

一颯:いい。追い返して

 

陰子:え、でも…

 

一颯:いいから!

 

陰子:ですが…うわ!?なんでここに!?来ちゃダメですってば!!

 

和雅:一颯!そこに居るんだろう!?話をしよう!あの夜のことを、俺は謝りに来たんだ…!

 

一颯:っ…

 

陰子:待っててくださいって言ったじゃないですかぁ…!

 

和雅:一颯!!

 

一颯:ごめん…少し席を外してくれる?

 

陰子:一颯さま…、だけど…

 

一颯:だいじょうぶ、俺のご常連さんだから。親父様のお手伝いでもしてきて

 

陰子:はい…

 

一颯:どうぞ。入ってください

 

和雅:あぁ…

0: 

0: 

一颯:……それで、何の用ですか?

 

和雅:っ、すまなかった!あの日、お前の許可なく唇に触れたこと。酔った勢いとはいえ、不確かな噂に踊らされたこと。俺の不徳(ふとく)の致(いた)すことばかりだ。

 

一颯:……言いたいことはそれだけ?

 

和雅:相応の償いはする!新しい打掛(うちかけ)でも簪(かんざし)でもなんでも用意しよう!もちろん最高品質のものを…

 

一颯:(遮る)違う!僕が欲しいのはそんなんじゃない!!

一颯:僕は、ただお兄さんと楽しく過ごしたかった…。自分から聞くんじゃなくて、お兄さんから名前を言わせて、ちゃんと名前で呼んで、舞を踊ったり、三味線を弾いたり、お兄さんの愚痴だって聞いてあげたかった。

一颯:俺知ってるよ?お兄さんがこの店や俺以外の陰間の話をするとき、ちょっとだけ顔が険しくなること。でも、俺にはずっと優しかった。どうして?

 

和雅:それ、は……

 

一颯:別に、言いたくないんだったらそれでもいいよ

 

和雅:違う!俺は、俺は………

 

一颯:“和雅さん”

 

和雅:っ!

 

一颯:僕ね、もうすぐ身請けされるんだって。よくわかんないけど偉いとこの人に。

一颯:僕を見るあの人の目、前にも見たことがある。まだお兄さんに会う前、僕を拾った時に親父様が向けた目と、なんか似てた。

一颯:お兄さんには言ってなかったけど、実は結構前から一通り仕込まれてるんだ。いわゆる、“そういうこと”。

一颯:遅かれ早かれ、こうなってたことに変わりなかった。

一颯:僕はもう、貴方が望んでる『綺麗な俺』じゃないよ。

一颯:今までありがとう。もういいよ。俺を育てるのは、もういい。

一颯:これでばいばいだよ、“お兄さん”。

 

和雅:そんなこと、そんなことを言うな…。俺はお前を、おまえ、を…

 

一颯:じゃあ、俺このあとお座敷があるから。

 

和雅:待て、待ってくれ…

和雅:いぶき…!

  

 

 

*** 

 

 

 

 

和雅:俺は、親父とは違う…。陰間なんぞ大嫌いだ…、大嫌いな、はずなんだ…

和雅:一颯……いぶ、き…

和雅:……すきだ、どうしようもなくお前が、好きだ…!

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

母:和雅。 

 

和雅:…母上ですか。どうされました?

 

母:自分の子供が悩んでいるのに見ないふりする親はいません。

 

和雅:…(鼻で笑う)私は一人知っていますがね

 

母:……ごめんなさいね

 

和雅:母上が謝る必要など…すべてあいつが…!

 

母:いいえ、私にも非はあります。そして、そのせいで貴方をより苦しめてしまっている。

母:怖いのでしょう?だんだんとあの人に似てくる自分が

 

和雅:母上…

 

母:貴方がここのところ頻繁に茶屋へ通っていることは知っていました。

 

和雅:っ!

 

母:聞いたときは卒倒しそうでしたが、あなたはあの人とは違う。

母:何か考えあってのことなのでしょう?

 

和雅:いいえ…、いいえ母上。俺は親父と同類なんです。どうしようもなく汚い人間なんです。

和雅:あいつのため、なんて言っておいて、結局俺はあいつを自分好みに染めようとしていただけだった。理想を押し付けていただけだった!

和雅:俺は親父と何一つとして変わらなかった!!

和雅:挙句の果てに俺はあいつに深い傷をつけました。もう会えないし、会う資格もありません…。それだけの罪を俺は犯しました。俺に比べれば母上など…

 

母:……あの人がいつか元に戻ってくれると信じて、今の今まで放っておいた私もまた罪なのですよ、和雅。

 

和雅:母上…?

 

母:思えばいつでも止めようとできた。あの人が初めて家に遊女を上げた日、あの人が寝室に戻らなかった日。言えてさえいれば、このようなことにはならなかったはずなのに、私はそれをしなかった。

母:一歩を踏み出さなかったことが私の何よりの後悔です。だから和雅、貴方は後悔をしないで。

母:……好きなのでしょう?その陰間の子が

 

和雅:…はい、好きです。どうしようもなく好きなんです

和雅:申し訳ありません。俺は、戸舘(とだて)の嫡男(ちゃくなん)なのに…

 

母:ふふ、

 

和雅:…何がおかしいのですか?

 

母:やっぱり貴方は私にそっくり。

 

和雅:俺が、母上に?

 

母:私はね、元々ただの小さな商家(しょうけ)の娘だった。あの人と結ばれたくて裏でそれはもう頑張ったわ。

母:出会い方、仲の深め方、あの人がどのような女性が好みで、どのような振る舞いをすれば喜ぶのか。作って偽って、嘘で塗り固めて出来上がったのが私。

母:けれど、それは私の考えるあの人の理想を押し付けているに過ぎなかった。今のあなたと同じようにね。

 

和雅:………

 

母:罪悪感に押しつぶされそうであの人から離れようと思った。でもできなかった。だって好きなんだもの。

母:それに関して後悔はしてないわ。和雅、貴方も後悔しないようにしなさい。本当に好きなら手放してはいけません。失ってからでは遅いの。

 

和雅:………母上は、おかしいとは思わないのですか?俺がその…男色であることに気持ち悪さを覚えてはいないのですか?

 

母:あら、貴方はその子が男だから好きになったの?

 

和雅:いいえ!俺はあいつだから…、一颯だから好きになったんです。一颯じゃないとダメなんです…!

 

母:なら、とるべき行動は分かりますね?

 

和雅:はい…!母上、御前(ごぜん)失礼いたします

 

 

 

*** 

 

 

一颯:………

 

楼主:愛想良くしろ一颯。お前のご主人様がもうすぐ来られるんだ

 

一颯:…はい。

 

旦那:沙羅双樹の君!

 

楼主:旦那様!お待ちしておりました!

 

旦那:楼主!この日を待ちわびていたぞ!やっと沙羅双樹の君を我が物にできるとは…!

 

楼主:支度は整っております!あとは…

 

旦那:分かっておる。身請け金だろう?五十両用意した。不足はあるか?

 

楼主:五十両も…!ささ一颯、旦那様の元へ行きなさい。

 

一颯:……

 

楼主:一颯!さぁ!

 

一颯:…よろしく、おねが…

 

和雅:(遮る)一颯が五十両ほどの価値しかないだと?笑わせる。

 

旦那:っ誰だ!俺は稲葉の次男だぞ!誰にものを聞いている!……その顔、、まさかお前、いや貴方様は…!?

 

一颯:え、、ちょっといきなりどうしたの!?

 

旦那:お前も頭を下げろ!この方は戸舘(とだて)の嫡男(ちゃくなん)様!ここを治める領主様のご長男だ!

 

一颯:は?お兄さんが領主様…?何言って…

 

和雅:一颯、顔を上げろ。

 

一颯:……(顔を上げる)

 

和雅:すまなかった。お前の気持ちも考えず、自分のことばかりでお前を蔑ろにした。

和雅:…妬いたんだ。あの夜、お前がほかの男と過ごしていることに妬いた。

和雅:「俺が見つけた華なのに」。そんな子供じみた嫉妬をこじらせてお前を傷つけた。

和雅:許してくれなんて言わない。ただ、お前のことをはした金で手に入れようとする恋敵の邪魔をすることだけは許してほしい。

 

一颯:え…?

 

和雅:好きだ一颯。この世で一番お前が好きだ。この言葉に嘘偽りはない。

和雅:綺麗だとか綺麗じゃないだとかどうでもいい。俺は初めて会った時からお前に恋い焦がれている。

和雅:お前をだれにも取られたくなくて、自分自身がおかしくなりそうで、お前のことが頭に焼き付いて離れない。

和雅:一颯。お前をあいつから奪うことを、どうか許してくれないか。

 

一颯:………

 

和雅:…いやなら、断ってくれてもいい。お前を縛ることはしたくない。

 

一颯:なんで、なんでもっと早く言ってくんないの

一颯:そしたら俺だって、お兄さんを傷つけなくて済んだのに…

一颯:お兄さんはみんなと違ってちゃんと俺のこと『一颯』って呼んでくれた。陰間の「俺」だけじゃなくて、「僕」自身も見てくれた。

一颯:俺だって、お兄さんと会ってなきゃ今の俺になれてないよ。頭ん中お兄さんでいっぱいで、いつもお兄さんが来るの楽しみにしてる自分がいた。

一颯:この気持ちが好きじゃなかったら、何だって言うの…?

一颯:好き…大好きだよ。和雅さん。

一颯:あぁ…、やっと言えた。ちゃんと言いたかった。ごめん。むきになってひどい態度とって、言うの…、遅くなって

 

和雅:一颯…

 

一颯:いいよ。奪って。俺のぜんぶあげるから

 

和雅:…ありがとう。

 

楼主:ま、待て一颯!

 

一颯:親父様…

 

楼主:旦那様はどうする!?お前のご主人様になられる御方なんだぞ!私の顔に泥を塗る気か!?

 

和雅:…持っていけ。

 

楼主:これは…にっ、二百両!?

 

和雅:手切れ金だ。これで文句は言わせん。もっとも、一颯にはこれ以上の価値があるがな。

 

一颯:和雅さん…

 

和雅:一颯。今生(こんじょう)の別れになるが、楼主に何か言っておくか?一発殴ってもいいぞ?

 

一颯:(クスリと笑う)そんな暴力的なことしないよ。

一颯:……親父様。親父様だよね。『沙羅双樹の君』って名前を広めたの。

 

楼主:…それがどうした。結果としてお前に客はついた。身請け話も来た。これ以上に良いものがあるか!

 

一颯:うん、たしかにそう。でもそれは違う意味としてだったし、なにより名付けてくれた人を裏切る形だった。

一颯:一流の陰間は、誰の袖(そで)も濡らしちゃいけない。僕はこの人からそう教わった。それは正しいと思ってるし、捨てちゃいけないものだって思ってる。

一颯:だからその点で僕は、ううん、俺は、まだこの名前がふさわしいよ。

 

和雅:一颯…

 

一颯:まだ迷惑かけるね和雅さん。その呼び方撤回するまで嫌でも離してなんてあげないから。

一颯:『俺』も、『僕』も、さらってくれる?

 

和雅:満点の誘い文句だ。いくぞ一颯。

 

一颯:うん!!

 

 

 

 

__________

 

~数年後~ 

 

 

少年:ごうがーい!号外だよ!文雅屋(ふみまさや)の新たな演目は領主と陰間の禁断の恋物語だ!ここだけの話、ちょっぴり実話が…?さァそこの買い物中のお姉さん!読んで損なし見に行って損なしだよ!

 

 

和雅:準備は良いか?

 

一颯:いつでも。ねぇねぇ、今日のご飯何?

 

和雅:うなぎだ。食べたいんだろう?

 

一颯:へへ、よく分かってんじゃん。

 

和雅:行ってこい、看板役者

 

一颯:うん、行ってきます!

 

 

少年:物語の始まりは、みんな大好き大人気な彼の口上から!

 

 

一颯:『祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり』

一颯:『沙羅双樹の花の君 花は、貴方色に染まる』 

 

   

  

Fin  

花より桜餅

さくらもちの台本置き場 未完結ものアリ〼

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