本文を読む前にこちらの作品をご一読ください。
ここでは本編で語られなかったそれぞれの視点の小話や来世でのわちゃわちゃスピンオフ、さらには制作秘話などをこぼしていきます。①はキャラ視点小話
【キャラ視点小話】
「Episode.N」
夏彦:一度きりの人生、一回くらいは自分のやりたいことがしたい。だから僕は両親に嘘をついて進学先を変えた。
夏彦:罪悪感はもちろんあった。育ててくれた恩を仇で返すことになってしまうから。
夏彦:でも考えてしまったんだ。幼い弟や妹は自由に遊び回っている中、僕一人が両親と仕事をしていることに、疑問を覚えてしまった。
夏彦:どうして僕ばかりが、なんて呪詛を吐きたくなるくらいに。
夏彦:『お前は長男だから我慢できるよな。』
夏彦:『あの子達には自由に生きて欲しいの。』
夏彦:両親はそう言って今日もまた、僕に手仕事と力仕事を押し付ける。自分たちは子育てがあると言い訳をついて。
夏彦:長男だから我慢できる?好きで長男として生まれたわけじゃない。弟と妹は自由に生きて欲しい?なら僕だって自由に生きたかった。『長男だから』。そんな免罪符を勝手に貼って満足をしないでくれ。
夏彦:弟と妹に罪はない。嫌いな訳でもないし、恨んでいる訳でもない。ただ、僕にだって自由に生きる権利くらいあるんじゃないかって、そう思った。
夏彦:僕は昔から本が、物語が好きだった。本には無限の知識が詰まっていて、勉強も、空想も、なんでも出来るものが本というものだったから。現実から逃げたくて、目を背けたくて本を開く。本だけが、僕の願いを叶えてくれた。
夏彦:だから、学校で農業を学びにいけと両親に言われた時、考えてしまったんだ。文学を学べるかもしれない、と。
夏彦:一度思ってしまったら忘れることなんて出来なくて、僕は両親を偽って文学を学びに家を出た。
夏彦:(大丈夫。学校に行けば文献が沢山あるだろう。農業の本を読んで、それを両親へ手紙で伝えれば・・・)
夏彦:悪鬼(あっき)が僕に囁いているように感じた。否、悪鬼という名のもう一人の僕が、家族を騙す道へと導いて、僕はそれに従ってしまった。
夏彦:田舎を出て、都会の広さ、学校の凄さを目の当たりにして、僕は一層期待に胸が膨らんだ。入学して初めて図書館に入った時の感動は未だに忘れられない。このままずっとこの場所にいても惜しくないくらい、周りは本で囲われていた。和歌、物語、歌舞伎に浄瑠璃・・・。これ以上ないほどに僕の心が満たされた。
夏彦:今日も僕は図書館にある膨大な書物から、一作の物語を手にする。恋物語。人物達の心情がこれでもかと伝わってくるこの作品は、僕の一番のお気に入りだ。
夏彦:「こんな世界を、僕も一度体験してみたいな・・・」
夏彦:夢物語を本気にするなんて馬鹿みたいだと思う人もいるだろう。でも、僕はそうしてまでも現実から逃げたかった。まぁ、こんな冴えない僕が物語の登場人物になんてなれるはずがないのだけれど。
夏彦:「それに、初恋もまだの僕は並の恋愛なんてできるわけが無い、か・・・」
夏彦:それでも少し憧れる。好いた人がこぼした涙を拭えるような、助け出せるような、寄り添えるような、そんな真逆の自分になりたい。
「Episode.M」
美冬:いつからだろう。この家が窮屈だと思うようになったのは。
美冬:小さい頃はよくお父様の背中にくっついて、顧客との商談の場へついて行ったものだ。商談中のお父様はとても凛々しくていつも見蕩れていた。私もいつかお父様みたいな立派な人になろうと、商品を介して色んな人を笑顔にさせようと、そう思いながら過ごしていた。
美冬:けれど何時しか、お父様は私を商談へ連れて行ってくれなくなった。呼び出し以外書斎に入ることを禁じられた。
美冬:好きに外出させてもらえなくなって、私はいつも横に付き人がいる生活を送るようになった。
美冬:深窓の令嬢。溺愛されている一人娘。世間の人はみんな私のことをそう言うらしい。
美冬:・・・こんなの、籠の中の鳥と変わらないのに。
美冬:私もお父様のように外国の方たちと取引をしたかった。私は黒羽家の人間だから。きっと私がこの家を継ぐのだと、そう信じてやまなかった。でも、お父様のようになれないと、私はお父様自身に告げられた。
父:「いづれ良い家の者を婿入りさせるから、お前はその嫁として支えるんだよ。」
美冬:穏やかな声色で言われた言葉も、私にとっては身体を貫かれたように痛かった。今までの思いは全て無駄なのだと、諦めろと、そう言われているような気がして。
美冬:私の夢は、私が目標にしている人に壊された。
美冬:花嫁修行と題して裁縫を学ぶことになった。やりたくもないことに時間を費やされる毎日を過ごし、お父様の言う『良い妻』にならねばならなかった。
美冬:思えばそこからだった。私が『自由』を求めるようになったのは。
美冬:裁縫道具ではなく計算道具を手にしていたかった。花嫁修業ではなく商人としての勉強をしたかった。
美冬:奥方ではなく、当主になりたかった。
美冬:外の世界に憧れを持つようになって、勉学によりいっそう興味を持ち始めて、庶民の暮らしを送ってみたくなった。
美冬:だって、自分でなんでも決められるって、なんて素敵な事なんだろう。どんな所へだって行けて、何にだってなれる人達は、どんなに幸福なんだろう。
美冬:損得勘定なしで会話をしてくれる人は、私のことを家柄として、"黒羽"としてではなくて、"美冬"として見てくれる人は何処にいるんだろう。
美冬:私はそんな人と生涯を共にしたい。
美冬:「そういえば、もうすぐ新しい奉公人が来ると春乃が言っていたわね・・・」
美冬:暑い夏が過ぎて、秋になって涼しくなったら新しい人がやってくるそうだ。断片的に聞いた話だが、田舎出の書生さんらしい。
美冬:「色んなお話を聞いてみたいものね。」
美冬:私の知らない世界のことを、教えて欲しい。そんなことを考えていたら、その人が来るのが楽しみになった。
美冬:初恋に出会うまで、あともう少し。
「Episode.H」
春乃:大好きな人と一緒にいたい。それは想い人だけではなくて、家族や友達、主人に対しても同じことだ。
春乃:美冬お嬢様と秋成様とずっと一緒にいれるのはこの上ない幸せだと思った。大好きな人と大好きな人の傍にいられるのは、なんて幸福なことなんだろうと。
春乃:だから、美冬お嬢様がいなくなってしまったあの日を、私は一生後悔し続けている。
春乃:あの日、柴さんが黒羽家を出ていった同じ日に、美冬お嬢様も姿を消した。屋敷中大騒ぎになって、その日の夜に旦那様が捜索令を出した。秋成様が矢面に立ち、使用人も総出で美冬お嬢様を探し回った。
春乃:きっと戻ってくるから。少し出かけてくるって、美冬お嬢様は確かに私に言ったから。だから私はお嬢様を信じて待ち続けた。
春乃:美冬お嬢様は帰ってきた。ただし、冷たくなって。
春乃:川から流れてきたと秋成様は言った。
春乃:帰ってきた美冬お嬢様は綺麗な顔のままで、眠っているようにしか見えなかった。
春乃:でも、お嬢様はもう目を覚まさない。私に話しかけてくれることは無い。笑ってくれることも、名を呼んでくれることも無い。
春乃:お葬式はひっそりと行われた。私はお嬢様が火葬されている最中も、雨が降り始めて旦那様達が家の中に入られた後も、その場から動けなかった。動きたくなかった。
春乃:私だ。私のせいだ。私があの時美冬お嬢様を止めれていれば。いや、何がなんでも止めるべきだった。たとえお嬢様に嫌われることになったとしても、私はお嬢様の手を離すべきではなかった。
春乃:美冬お嬢様は私が殺したも同然だ。旦那様も秋成様も私のせいで泣いている。ぜんぶ、わたしのせい・・・
春乃:「・・・が、私が死ねばよかったのに!」
春乃:どうして美冬お嬢様が死んでいるのに私が生きているの?私がなぜのうのうと生きているの?本来生きるべきなのは、私じゃなくて美冬お嬢様なのに。
秋成:「そんな事言うな、春乃さん。」
春乃:背後から急に声が聞こえた。振り返ると、秋成様が傘を私に差し出して立っていた。その御顔は、目元が少し赤く腫れていた。
春乃:「あきなり…さま?」
秋成:「君が死ねば美冬さんが悲しむ。それに、君が泣いていては美冬さんも死ぬに死にきれんだろう。」
春乃:風邪をひいてしまうから中に入ろう。と秋成様は言った。どうして私に優しくしてくれるのだろう。私は貴方の好きな人をみすみす殺した女なのに。
春乃:それでも動かない私を見て秋成様は何かを察したのか、私に御自身の外套(がいとう)をかけて去っていった。
春乃:何時もは嬉しいその優しさが、今はとても辛く感じる。秋成様に優しくされる度に、仇でしか返せない自分が憎い。
春乃:私より秋成様のほうがずっと苦しいはずなのに。それでもなぜ貴方様は私に情けをかけてくださるのでしょうか。私に、寄り添ってくれるのでしょうか。
春乃:私では貴方の傷口を埋めることはきっと出来ないでしょう。私は単なる侍女で、美冬お嬢様にはなれないから。
春乃:だからどうか、私の命を対価に願いが叶うのならば、秋成様がお嬢様にもう一度会えることを。
春乃:どうか私の初恋の人に、ハッピーエンドの祝福を。
「Episode.A」
秋成:個人より家柄を尊ぶ白金家は、華族の規範として何年も崇められてきた。
秋成:『華族として相応しい振る舞いをしろ』、『その血に生まれた意義を成せ。』父上が俺に吐き続けた言葉だ。
秋成:結婚相手すら指定されるこの家で、せめてこれから生涯を共にする相手は愛せるように。俺はずっとそう思って生きてきた。
秋成:だから、婚約者が黒羽美冬であるとを知った時、俺は心の底から安堵した。彼女は、俺の初恋だったから。
秋成:桜がちょうど見頃の季節だった。
秋成:来客の予定があるからと父上に言われ、俺は離れの庭先で木刀の素振りをしていた。
秋成:白金家は代々武官を輩出してきた家であるからお前もそうであれと育てられれきた俺は、父上の期待に応えたい一心で必死に腕をふるった。
秋成:しかし、その時ちょうど体調が良くなかったのにも関わらず鍛錬を続けた俺は、段々と木刀を握る手の感覚が弱まっていった。
秋成:それに気付いて尚手を止めなかったのは、父上に軟弱者だと言う烙印を押されたくないが故の意地のようなものだったのだと思う。
秋成:体調が悪化し、とうとう木刀を握れなくなって膝をついた。自分の弱さがどうしようもなく悔しくて、声を押し殺して泣いた。
秋成:男たるもの涙を見せるな。そう言われてきたから泣くことすらも愚かに思えて、何もかもが嫌になった。そんな時だった。
美冬:「あの、大丈夫ですか?」
秋成:横から差し出された手巾と共に、小鳥のように軽やかな声が耳元に響いた。何故だろう。ここには俺しか居ないはずなのに。
秋成:手巾を汚してしまうのもなんだか申し訳なくなって袖で乱雑に涙と汗を拭った。ぼやけていた視界が開いて、差し出してきた人物をようやく視認できた時、俺はその少女に目を奪われた。
秋成:肩を流れる髪は艶のある濡れ羽色。瞳は夜闇の中で光る一等星のように輝きを放ち、吸い込まれそうな程に美しかった。
秋成:「貴方は・・・?」
美冬:「申し遅れました!私は黒羽美冬と申します。庭先を見てきて良いと許可を頂き散策していたら、いつの間にか迷ってしまったようで・・・」
秋成:「黒羽・・・?」
秋成:その名は今日来ると言っていた来客の名前だった。
美冬:「貴方のお名前は?」
秋成:「俺は白金秋成と申します。」
美冬:「秋成さんと言うの?素敵な名前ね。ごめんなさい。剣の練習中にお邪魔してしまったみたいで。」
秋成:彼女はちらりと目の前に落ちている木刀を見ながら言った。
秋成:「ああいや、気にしないでください!そろそろ休まなければと思っていたんです。」
美冬:「そうですか?でも無理はしないでくださいね。」
秋成:「俺もいつか父上のような軍人にならなくてはと思っていたら、鍛錬に力が入りすぎたようです。」
秋成:これからは気をつけようかと。と俺が話すと、さっきまで心配そうにしていた彼女の顔が明るくなった。
美冬:「素敵な夢ですね!私もいつか、お父様のように立派な人になりたいんです。黒羽家の一員として、恥ずべきことがないように。」
秋成:その真っ直ぐと未来を見つめる彼女の凛とした佇まいに、胸の奥が熱くなるのを感じた。
秋成:彼女が帰ったあと、彼女の家について父上に問いただした。黒羽家は幕末頃から貿易商で財をなしている華族の一家だった。
秋成:彼女の横に立てる人物になりたくて、今まで以上に鍛錬をし、国から大尉の位をいただいた。
秋成:婚約者が彼女になったと聞き、俺がどれだけこの日を待ちわびたことだろう。
秋成:少し早く来すぎてしまった自分に苦笑しつつ、待ちきれなくなって俺は侍女に声をかけた。
秋成:「こんにちは。俺は白金秋成という。黒羽美冬さんはいらっしゃるかな?」
秋成:初恋の成就は、すぐそこに。
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