意志を着飾る女たち【0:2:0】

「意志を着飾る女たち」

【読み方】 「いしをきかざるおんなたち」

 

【あらすじ】

女学校を舞台にした女学生の奮闘の記録

彼女達の側にはいつも、銘仙があった

 

 

出演人数:2人(女2)

時間:30分(推定)

 

配役

◆千代子(ちよこ):女学校の2年でハルの先輩にあたる。家の力に頼らず自ら仕事をしたいと考えており、花嫁修業や淑女教育の授業に辟易している。

◆ハル:少しでもいい旦那様と結婚するべく花嫁修業と淑女教育を頑張る女学校の1年生。女性は男性に守られ養ってもらうのが当たり前だと思っている

 

* * *

(以下、本文)

 

ハル:千代子《ちよこ》様おはようございます!またお召し物を新しくされたんですか?

 

千代子:おはよう、よく気づいたわね。先日卸《おろ》したばかりなの。似合うかしら?

 

ハル:それはもう!大柄の着物は千代子様にぴったりです!最近頻繁に新しくお仕立てされてますよね。羨ましいです

 

千代子:学院長の意向で振袖が着られなくなってしまったんだもの。新しく仕立てなきゃいけなくなったのよ。手間がかかって疲れてしまうわ

 

ハル:でもでも、私にとっては救いでしたよ!

ハル:うちも世間から見れば富裕層ですけど、学院に通ってらっしゃる皆様からすれば庶民のようなものですから。振袖なんて多くは持っていませんし、今でも木綿の着物ですよ。伊勢崎《いせさき》の銘仙《めいせん》なんて手が届きません

 

千代子:そうなの?丈が合わなくなったものなら差し上げても良くってよ

 

ハル:ほんとですか!?ありがとうございます!

ハル:そうだ!来週から裁縫の講義に特別講師が呼ばれるらしいんです!私、楽しみでしょうがなくて!

 

千代子:ハルは真面目でいい子ね。私はお裁縫はもう飽きてしまったわ

 

ハル:二年生になるとそう思うようになるんですね!私は今から裁縫に家事に淑女教育!全部が楽しみで仕方がないです!ここで勉強して、将来立派な旦那様のお嫁さんになってみせます!

 

千代子:ハルはお嫁さんになりたいのね

 

ハル:そういう訳じゃないですけど、少しでも素敵な淑女としてここで勉学に励んで、学歴の良い殿方に嫁ぐのが何よりの幸せじゃないですか。花嫁修業ができる学校だって聞いて入ってきたんですよ

 

千代子:あら、ハルは知らないの?今年から試験的に算学や語学、それに理系の勉強ができるようになったのよ。私と私のお友達はその授業を取ってみるつもりなの

 

ハル:千代子様はお嫁さん以外の将来を見てるんですか?

 

千代子:まだ「そう出来たらいいな」の段階だけれどね。女給さんや外交官なんかに勤めて、もっとこの社会のことを知りたいと思っているの

 

ハル:できますかね?

 

千代子:ハルはそういうのに興味は無いの?

 

ハル:うーーん、うちの両親は少しでも良い家柄の人と結ばれて欲しいと思っていますし、私もお嫁さん以外の選択肢なんてないと思ってましたから、急にその話を聞いても漠然としか考えられませんね

 

千代子:そうよね。でも、是非一度ハルも授業を受けてみて頂戴。何か心の変化があるかもしれないから

 

ハル:はい!一年生から出来るかは分かりませんが、千代子様がそう仰られるなら!

 

千代子:そうして頂戴。

千代子:ところで、銘仙《めいせん》のことなのだけれど、あげられるものが格子《こうし》に向日葵《ひまわり》模様か、孔雀《くじゃく》模様の2つなのだけど、どっちがいいかしら?最近は孔雀《くじゃく》と薔薇《ばら》の模様が流行っているから私のおすすめは孔雀《くじゃく》よ

 

ハル:私は向日葵《ひまわり》の方で大丈夫です!孔雀《くじゃく》柄みたいなハイカラ模様は私には似合わないかもですし、向日葵《ひまわり》の方がもらっても両親にしつこく問い詰められたりしませんもの!花柄の方がうちの両親も安心しますから!

 

千代子:そう……分かったわ。今度の休み明けに持ってくるわね

 

ハル:ありがとうございます!

 

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ハル:素敵な銘仙《めいせん》をありがとうございました!うちの両親ったら目を丸くしていただいた着物を凝視してましたよ。本当に良かったんですか?絹の銘仙《めいせん》なんてとっても高価なのに

 

千代子:着れない私が持っているのも服に悪いわ。着られてこそ本望でしょうに。それに、私には向日葵《ひまわり》は正直似合わなかったのよ

 

ハル:千代子様に似合わないものなんて無いですよ!着てくるお召し物は全部お似合いでしたのに!

 

千代子:実は……ここだけの話なのだけど、その銘仙《めいせん》、以前うちと交流のあった家のご子息からの贈り物だったの。私のことをよく知らないままとりあえず季節感と花柄だけで選んだみたい。一度着てみたけれど、侍女も含めて「これは無い」と一蹴《いっしゅう》だったわ

 

ハル:それを言われると確かに……千代子様は百合や菖蒲《しょうぶ》がお似合いそうです。凛とした花はまさに千代子様を表現するにふさわしいですから!

 

千代子:あら、お世辞でもうれしいわ。ありがとう

 

ハル:お世辞じゃないですよ!本当です!

 

千代子:ふふ、ごめんなさい。ハルは嘘や方便が苦手だものね。

 

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千代子:ねえ、今度の長期休みに、うちの避暑地に遊びに来ない?

 

ハル:え、私なんかがいいんですか?

 

千代子:ハルだから誘っているのよ?

千代子:それに、実はハルが算学に興味を持ってくれて嬉しいの。授業はどう?ついていけている?

 

ハル:今は何とか大丈夫です!誰かのためにするものじゃなくて、ただ自分のために学ぶのがここまで楽しいなんて思いもしませんでした!

 

千代子:裁縫なんかは単純作業だものね。私も退屈で仕方ないわ。

 

ハル:もしかして、私が算学の講義を取ったから誘ってくれたんですか?

 

千代子:それもあるけれど、純粋にハルのことを気に入ってるのよ。いつも私の後ろを着いてくる可愛い子。まるで親になった気分だわ

 

ハル:むー、褒めてます?それ

 

千代子:もちろんよ。強引に誘ったところはあるけれど、ハルが興味を持ってくれて嬉しいの。

千代子:実はね、他の方々も皆、語学や算学の講義を取った子達なの。今その子たちと『撫子《なでしこ》の会』って名前で活動していてね。良ければ貴方も会員にならない?

 

ハル:いいんですか!?是非!入りたいです!

 

千代子:ハルならそう言ってくれると思ったわ。

千代子:日程についてはまた後で伝えるわね。良ければ私があげた着物を着てきて頂戴。それに似合うカンカン帽を見つけたの。きっと似合うと思うわ

 

ハル:カンカン帽ってなんですか?

 

千代子:西洋の帽子のことよ。麦わらで作られているから風通しが良いの。元々は男性用の帽子だったみたい

 

ハル:でも、、男性の帽子を女性が被るのは冒涜になってしまうのでは?

 

千代子:ならないわ。西洋はもっと自由で寛容なの。この国は島国だからそういうものに閉鎖的なのよ

千代子:似合うのだったら、男でも女でも関係の無いことでしょう?

 

ハル:私に似合いますかね?

 

千代子:ええ。だって私が似合うと思ったんだもの

 

ハル:千代子様がそうおっしゃるなら私、頑張ります!

 

千代子:(軽く笑う)何を頑張るって言うのよ。おかしな子ね

千代子:楽しみにしてるわ。日程が決まったら連絡するから待っていて

 

ハル:はい!待ちますから!いくらでも!

 

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0:夏休み、千代子の避暑地

 

 

千代子:ハル!随分早く来たのね。

 

ハル:楽しみすぎて寝れませんでした!あと、このお着物を着てから緊張が止まりません!つまづいたり転んだりしたくなくて!もう動かない方がいいんじゃないかと思って1時間前から!

 

千代子:そんなことしたら倒れてしまうわ!?ごめんなさい。良かれと思ってあげたのに逆に気を遣わせてしまったのね……

 

ハル:いえ!これは完全に私の問題なので!千代子様は何も悪くありません!

 

千代子:とっても似合ってるわ。やっぱり笑顔が似合う子に*向日葵《ひまわり》は相性がいいわね

千代子:ほらこれ。被ってみて頂戴

 

ハル:わぁ……!帽子なのにとっても涼しいです!

 

千代子:でしょう?帽子も風通しが良いとこうも変わるものだとおどろいたわ。

千代子:それにしても、ハルは着物と帯の合わせが上手ね。帯揚げも、水色で涼しげだわ。帯は何を合わせたの?

 

ハル:はいっ!果物のバスケット柄にしてみました!このお着物、向日葵《ひまわり》の茎が水色っぽく見えたので、寒色で合わせたら素敵かなぁ、なんて……

 

千代子:すごいわ。貴女コーディネートの才能があるのね

 

ハル:コーディネート?

 

千代子:こんなふうに、着物に合わせて帯や帯揚げ、帯締めを選ぶことよ。今度私のもやってもらおうかしら

 

ハル:そんな恐れ多すぎますって

 

千代子:だめ?

 

ハル:うぅ……千代子様のためならいくらでもやりますよ!当たり前じゃないですか!

ハル:その聞き方はずるいですよ

 

千代子:ごめんなさい。どうしてもハルにやってもらいたかったから

 

ハル:むしろ光栄なくらいです!うちのクラスでも千代子様は超人気なんですよ!?なにせ私が今日ここに来るって言ったらすごい羨ましがられましたから!

 

千代子:嬉しいわ。私のような者を慕ってくれる人がいるなんて

千代子:やっぱり女子同士の方が気楽でいいわね。殿方と話しても私達には相槌しか許されていないもの

 

ハル:千代子様のような完璧な淑女でもダメなんですか?

 

千代子:あの方達は女が男より優秀であるのが許せないのよ。だから未だに私達には政治に関与させないし、職業にだって制限を付けてる。

千代子:私はおかしいと思うの。性別の違いだけで歩めない未来があるなんて、そんな理不尽があってはならない。

千代子:ハル。私達が自由に過ごせるようになるためには、知識を蓄えることが必要不可欠よ。あって損になることは無いし、きっと人生の糧になる

 

ハル:だから千代子様は語学や算学の勉強を?

 

千代子:それもあるけれど、私には別の理由が大きいかしらね。

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千代子:私ね、いつかお父様の跡を継ぎたいの。そのために勉強をしているのよ

千代子:もちろん、難しいし何度も挫折しそうになった。それでも努力し続けて、難しい数式を解けた時は、達成感でいっぱいになった

千代子:それに、算学の講義を受けてからお父様がいつも見てる書類が何か何となく分かってきたの。全部わかる訳じゃないのよ?何となく、ここの数字は合計額なんだな、とか、収入と支出はこのくらいあるんだな、とか

千代子:実際家の仕事に関わりを持ってはいないけれど、少しでも分かることがとても嬉しいの。確かに知識として残っている感覚がして、私は誇らしいんだって思える

 

ハル:千代子様はすごいですね。私はそんなこと考えたことも無かったです。

ハル:千代子様のご友人方も、そういったお考えの方なんですか?

 

千代子:私ほど強い何かを持っているわけではないけれど、でも皆、性別で将来が制限されることに憤りを感じてくれている人達よ

千代子:きっと皆とも仲良くなれるわ。優しい人たちなの。ハルのことも気に入ってくれるはずよ

 

ハル:私はまだ千代子がたのような考え方ができるとは思えないんですが……いいんですか?

 

千代子:私はただ、ハルが私達の好きな物に嫌悪することなく興味を持ってくれたのが嬉しいだけ。無理やりそういう考えにしてとは言わないわ。それが幸せと考える女性も多いから

千代子:でも、もし貴女の周りでそういうことで悩んでいる子がいたのなら、貴女が手を差し伸べてくれないかしら?学年が違うと私達だけではどうしてもむつかしいの

 

ハル:はい!絶対に助けます!貴女が私を見つけてくれたように、私も誰かを救えるようになりたい

 

千代子:嬉しい。さ、行きましょう。早くしないとお茶が冷めてしまうわね

 

ハル:はいっ!

 

 

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ハル:(M)千代子様に報いる為にも、私に出来ることを精一杯しよう

ハル:(M)そう思ったのに、それはただの願望にしかならなかった。

ハル:(M)女学校から、『淑女教育以外の学問は不要』とのお触れが出たのは、夏休みが終わった、すぐの事だった

 

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ハル:署名活動にご協力お願いします!教育の均等化を一緒に訴えましょう!お願いします!ご協力、お願いします……!

 

千代子:ハル、一度休憩しましょう

 

ハル:でも!それでは間に合わないかもしれません!少しでも多くの人に署名をいただかないと…!

 

千代子:それで貴女が倒れては元も子も無いわ。今、ひとまず集まった嘆願書は学院長に提出して来たから。いい返事は、聞けそうにないけれど……

 

ハル:なら尚更!もっと多くの方の賛同を得ないと

 

千代子:ハル

千代子:学院長はこう仰ったわ。「これは政府からの要請だ」とね。国が相手では、署名活動で何かが変わるとは思えない……

 

ハル:なら千代子様は講義が無くなっても良いと本当に仰るのですか!?ご納得しているんですか!?

 

千代子:それは……

 

ハル:私は納得できません!あんなに、あんなに千代子様が頑張ってこられたのに……、楽しそうに夢を語っていただいたのに……

 

千代子:……夢は、所詮夢に過ぎなかったってことよ。いくら将来の展望を語ったところで、実際何も為せなかったなら、それはただの夢物語でしかないの

 

ハル:千代子様はそうあっさり諦められるんですか?あの日避暑地で私に語ってくれた話はまやかしだったんですか!?

 

千代子:………………

千代子:賛同者には、お父様の名前があったわ

 

ハル:え………

 

千代子:現時点でお父様に養われている身の私では、どう足掻いたって無駄なのよ。分かるでしょ?

 

ハル:………………

 

千代子:うちは私しか子供がいないから、きっと婿を取る事になるわね。今のうちに、将来の旦那様に気に入られるような女性にならないと。あー!そろばんをはじいている暇は無いわ!そんなくだらないことより、繕《つくろ》いものの練習をしないと!お料理も、お洗濯も、もっと身の丈にあった勉強を、しないと……

千代子:ね?ハルも、そう思うわよね……?

 

ハル:千代子、様

 

千代子:いいの。我儘を聞いて貰っていただけのことよ。おままごとみたいな、身の丈に合わない我儘を…………っ、

千代子:っ……う、うああぁん…………!

 

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ハル:(M)千代子様に出来ないなら、私に何が出来ようか。千代子様が諦めたことを、私がどうして叶えられようか

ハル:(M)千代子様でダメだったら、私なんてなんの力にも……

 

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千代子:(回想) 「私はおかしいと思うの。性別の違いだけで歩めない未来があるなんて、そんな理不尽があってはならない。」

千代子:(回想)「もし貴女の周りでそういうことで悩んでいる子がいたのなら、貴女が手を差し伸べてくれないかしら?」

 

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ハル:(M)そうだ、あってはならない。理不尽に涙している人がいれば救って欲しいと、私は確かに貴女に教わった

ハル:(M)ならばそれがどれだけ高い壁だろうが、岩肌が突き刺さるような険しい道だろうが

ハル:(M)膝を折ることなく、立ち止まることなく、目を瞑って逃避することなく

ハル:(M)自分も立ち上がれるような、そんな姿を見せるの

 

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ハル:千代子様

ハル:良い御方のお嫁さんになることが唯一で最大の幸せだと思ってました。でも楽しそうに計算をしてる千代子様を見ると、なんて素敵なんだろうって思えてきます。誰かと添い遂げるだけが幸せなんじゃなくて、相手を尊重するために自分を殺すんじゃなくて、自分の好きな自分でありたい。自分が心から思える幸せでありたい

 

ハル:(独り言のように)全部、貴女から教わりました

 

ハル:私は!もっとたくさん学びたい!たくさん学んで、楽しいって!誇らしいって!そう思える自分になる!だから!

ハル:ここで止まるわけにはいかない!諦めてなんかやらない!

ハル:ままごとで何が悪いの!夢を見て何が悪いの!?私たちの我儘くらい可愛いものでしょ!?男が女々しいことしてんじゃねえよ!

 

ハル:千代子様!私が貴女を助ける!きっと貴女に、笑顔を取り戻してみせる!

 

千代子:ハル…………

 

ハル:だから!私を信じて立ってください!

 

千代子:…………あなたに会えて良かったと、今心から思っているわ

 

ハル:それは私のセリフです!

 

  

 

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ハル:署名活動は期待以上の効果を得られないでしょう。別のやり方で訴えていくしかありません

 

千代子:そうね。もっと大掛かりで学院長達に対処しないとと思わせるようなものがいいわ

 

ハル:ストライキはどうですか?授業に参加しないことで私達の意志を表すんです。

ハル:淑女教育の講義だけ参加しないようにすれば私たちの本気も伝わるのでは?

 

千代子:悪くない案ね。あとはそうね……同士だと分かるような目印が欲しいわ。一体感も生まれるし、団結できる気がするの

 

ハル:それなら……千代子様にお願いしたいことがあります

 

千代子:私に出来ることならなんでも言ってちょうだい

 

ハル:皆さんが着るお召し物の柄を統一させるんです。そうですね……今まで伝統模様や花柄が淑女として男性に花を持たせる奥ゆかしい女性の象徴でしたから、そうでない柄……千代子様が持っていらっしゃる外国の国旗を見立てた色遣いや西洋風の柄、そういったものの方が良いと思うんです!

 

千代子:……確かに一理あるわ。なら私がするべきなのは、どの柄が主張を通すのに適しているかを見極める事ね

 

ハル:はい!もしお嫌でなければ貸し出していただきたいです!こればかりは私ではどうにもならなくて……

 

千代子:いいわ。私の今までに仕立てた全ての銘仙《めいせん》を提供しましょう。だから、貴女はその銘仙《めいせん》たちを使ってコーディネートをして頂戴。帯も帯締めも帯揚げも、私の所持しているものを好きなだけ提供するわ。家のお金から得たものだから卑怯と言われればそれまで

千代子:でも卑怯上等。初めての娘の癇癪《かんしゃく》よ?これくらい許してくれないと当主の心の狭さを宣伝しているようなものね

 

ハル:精一杯ご助力いたします!

 

千代子:ありがとう。でも、私が着るものにはいっとう力を込めてくれないと嫌よ?

 

ハル:もちろんです!むしろ私を頼ってくれないとちょっと拗ねちゃうかも、なんで……

 

千代子:あら、っふふ!貴女は本当に可愛らしい子ね

  

 

 

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ハル:(M)千代子様の所有していた銘仙の数は百をゆうに超えていた。その中からデモ活動に適していそうなものを選び、それに合わせてコーディネートを行った。先頭に立つ千代子様がお召しになるのは、*幾何学模様《きかがくもよう》の*絹銘仙《きぬめいせん》。

 

千代子:(M)賛同者は多かった。今までどこにいたんだろうと思うほどにたくさんの人で校庭はいっぱいになった

千代子:(M)でも分かる。きっとハルのおかげ。ハルが地道に声をかけてくれたんだろう。私よりもあの子の方が統率者に向いているんじゃないだろうか

 

 

ハル:何言ってるんですか。全員千代子様に憧れを持っていた方々ですよ。皆さん千代子様のお力になれるなら是非に、と

 

千代子:私、声に出してしまっていたかしら

 

ハル:お声は出さなくとも表情で分かります。ずっとお側にいさせてもらっていたんですもの!

 

千代子:今回も隣にいてくれないと、寂しくて泣いてしまうかも

 

ハル:貴女様が望むならずっとお側に

ハル:それから……この間おっしゃっていた*孔雀《くじゃく》柄のもの。もしよろしければ私に着させて貰えたらな、なんて……

 

千代子:まぁ!まさか、まだ着るのを躊躇《ためら》っていたの?

千代子:私、あれが貴女に1番似合うと思っていたのよ。誰かが着てしまうんじゃないかって、渡したものの隅っこに隠したくらいだもの

千代子:貴女でなければ嫌よ

 

ハル:ありがとうございます…!大切に着させていただきます!!

 

千代子:早く着替えていらっしゃいな。貴女が隣にいないのは寂しいから

 

ハル:はい!

 

 

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千代子:(M)「大正デモクラシー」と呼ばれる時代に入ると女性運動が活発化していく。これは、その序章のようなものだった

 

ハル:(M)200人の生徒が校庭に集まった光景は、さぞ圧巻だっただろう。前衛的なデザインの着物を戦闘服として纏った少女らの無言の意思表示は、後に男女差別を訴える時代の転換期として語られることとなる

 

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ハル:あの時は若かったですね

 

千代子:今でも充分若いじゃない。あまり卑下する言葉を使いすぎるとかえって嫌味に聞こえてしまうわよ

 

ハル:でも、今同じ状況が起こったとしても、私はあそこまで大きく出られなかったんじゃないかなって……

 

千代子:いいえ。きっと貴女は行動を起こすわ。性根がそうなっているんだから。そしてまた、私は貴女に救われる

千代子:こうして今商談が出来ているのも全部、貴女が私に手を差し伸べてくれたからよ。ありがとう

 

ハル:その私をはじめに救ってくれたのは千代子様ですよ。今の仕事が出来ているのも貴女のおかげです

ハル:だから、今度の結婚式の衣装も私に任せてください

 

千代子:さすがコーディネーター。期待してるわ

 

ハル:ご要望はこちらですか?どれどれ……銘仙の、撫子《なでしこ》柄ですか?

 

千代子:ええ。赤いものがいいんだけど用意はあるかしら?

 

ハル:えっと、あるにはあるんですが、せっかくの結婚式なんだし銘仙《めいせん》よりも色打掛《いろうちかけ》の方が華やかになりますよ?

 

千代子:いいえ、私の人生の分岐点はあの女学校だったから。どうしても着たいの

 

ハル:……お色直しでなら。上等な生地のものを用意しておきます。…そうだ、1個聞いてもいいですか?

 

千代子:なあに?

 

ハル:どうして会の名前が撫子《なでしこ》だったんですか?撫子《なでしこ》って言ったらその、大和撫子《やまとなでしこ》って言われるくらい良妻賢母《りょうさいけんぼ》の象徴だったじゃないですか。もっと別の名前の方が会に合ってたんじゃないかと思って

 

千代子:確かに不思議がられるのも無理は無いわ。あの時は教師に目をつけられないように無難な名前を付けるのが安全だった。

千代子:でもね、赤色の撫子《なでしこ》には「大胆」って花言葉があるの。内緒の抵抗の仕方はちょっぴりドキドキしたことを覚えてる。淑《しと》やかな胸の奥底で闘志を宿している、なんてかっこいいでしょう?

 

ハル:かっこいいのは千代子様ですよ

 

千代子:そういうことをサラッと言える貴女の方がかっこいいと私は思うわ。そんなに素敵になっちゃって…………私のハルだったのに

 

ハル:もちろん、いつまでも千代子様の可愛らしい後輩ですよ。妬かれるのは嬉しいですけれど

 

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ハル:ねぇ、千代子様

ハル:……ご結婚、おめでとうございます

 

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千代子:やっと言ってくれた。

 

ハル:どこで言うのが良いか分からなくなってしまって……。

ハル:お幸せですか?

 

千代子:ええ、とっても。

千代子:素敵な人なの。私の全てを受けいれてくれる人。あとはそうね、貴女に少し似て可愛いわ

 

ハル:そう言われるとこっちも照れくさくなるといいますか……

 

千代子:だって私、貴女のことも大好きだもの

 

ハル:私も、お慕いしております

 

千代子:嬉しいわ。ありがとう

千代子:ハルも結婚式に来てくれる?貴女には絶対に来て欲しいと思っているの

 

ハル:もちろん出席させていただきます。とびきりのおしゃれをして

 

千代子:楽しみにしていてもいい?

 

ハル:ええ。もちろん

 

 

ハル:(M)貴女の笑顔のような、大輪の向日葵《ひまわり》を纏《まと》って参ります。千代子様

 

 

 


花より桜餅

さくらもちの台本置き場 未完結ものアリ〼

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