「Edgy Art」
読み方:エッジーアート
【あらすじ】
「そうすればきっと、君が続いてくれると思うから」
出演人数:2人(性別不問2)
時間:15分(推定)
配役
◆メノウ:(性別不問) 見たことないものしか彫れない彫刻家
◆ワルデン:(性別不問) 見たことあるものしか描けない画家
※本作品は前作「終末の描き方」の続編になります。これ単体でも読めますが、前作と併せて読んでいただくとより楽しめるかと思います。
* * *
(以下、本文)
ワルデン:(M)終末とは、起こりえないものだ
メノウ:(M)だってまだ、世界はこんなに美しい
0:* * *
ワルデン:森も海も建物も無い殺風景の何に魅力を感じるんだ?
メノウ:この荒廃の仕方が良いのに。ワルデンの美的センスいまいち〜
ワルデン:こっちのセリフだ。自然災害は嫌いなはずだろ。海も枯れた、森も死んだ。
メノウ:でも、建物がひとつ残らず潰れたのは*人為的《じんいてき》だ。これが地震やらなんやらで崩れていたら、僕はここを美しいとは思わない
メノウ:人間が手を加えるから、美しくなるんじゃないか
ワルデン:俺は死ぬほど共感できないよ。自然の*摂理《せつり》こそ、美しさであるべきだろ。
メノウ:はいはい、見たことあるものしか描けないワルデンに、この良さは分かんないか
メノウ:分かりきってる結末が面白い訳ないじゃないか
ワルデン:こんな時でも呑気に石を彫ってるのはお前くらいだよ。相変わらずの奇行だな
メノウ:じゃあそれを見に来たワルデンはもっとおかしいかもね
メノウ:僕が元からおかしい人間なのは、君が1番よく知ってるだろうに。わざわざここまで来て何の用?
ワルデン:描こうとおもって
メノウ:終末を?
メノウ:ばっかじゃないの。描いたってどうせ全部消えて無くなるのに
ワルデン:いや、お前を描きに来た
ワルデン:「愚者」ってタイトルでな。自画像描いてやるよ
メノウ:自分が描かなきゃ自画像とは言えないんじゃないの?
ワルデン:どうせ消えて無くなるんだから、間違えてたってそう問題じゃない
ワルデン:何より、俺はまだお前を描いたことが無かった。いや、何時でも描けるって*高《たか》を*括《くく》ってたんだ。
メノウ:ワルデンが人物を描くなんて、珍しいこともあるもんだ
ワルデン:そういうお前こそ、人間を彫るなんて珍しい
メノウ:僕は人間が好きなんだよ?
ワルデン:いつもキメラしか彫らなかったお前が?
メノウ:正確には、人間のエゴが好きだ
メノウ:だって自然は住みにくいからって、コンクリートで固めちゃうんだ。気に入らなかったら殺すし、自殺だってする。
メノウ:自然や動物はそうはいかない。食べるために殺す、命を守るために殺す。必ず、生存するためにそれをする。自殺なんてもってのほかだ
メノウ:でも人間は興味だけで簡単に出来るだろう?おまけに、それを止めるのは人間しかいない。
メノウ:人間の想像を超えてきたのは、いつだって人間しかいないんだよ。
メノウ:だから僕は人間が好きだ。いつだって思いもよらないものを与えてくれる彼らが好きだ。彼らが起因で起こる事象が好きだ。
0:(間を長く取る)
ワルデン:だからか。
ワルデン:だから、ここに残るのか
メノウ:そうだよ。ただ滅びるのを待つのはあまりにも退屈だ。
ワルデン:なんであの時手を挙げた。お前はいるべき人間だ。選ばれるのは、俺ではなくお前であるべきだった
メノウ:選んだだけだ。選ばれないことを選んだ。
メノウ:僕がこの世界を終わらせられるんだ。こんな光栄なことは無いよ
メノウ:トロッコに、*方舟《はこぶね》に、ロケットに。
メノウ:乗せるべき人物だと君は選ばれて、選ばれないことを僕は選んだ。それだけだよ
ワルデン:だとしても!どう考えてもおかしいだろ!終わりのボタンを押すのが、取り残される人間だなんて!
メノウ:仕方ないよ。衛生も墜落して通信環境は絶望的。核でも撃ち込んで人為的に終わらせなければせっかく皆で脱出しても太陽系ごとおじゃんだ。自然的な終わりはリスクが高いらしい
メノウ:確認はしてくれるみたいだし、なんの問題もないよ
ワルデン:問題無いわけがないだろ………!
メノウ:無いよ。家族も恋人もペットも居ない。僕を引き止める人は誰もいない。
ワルデン:俺が止めようとは思わなかったのか
メノウ:思わないね
メノウ:芸術家の歩みを止めることは、芸術家にとって侮辱に等しい。
メノウ:だから僕たちはお互いを否定しない。たとえ本心は反対のことを思っていたとしても、それを否定してはいけない。
メノウ:ワルデンは根っからの芸術家だ。だから、僕の出した答えを否定することは絶対にない
ワルデン:………過分な評価をしてくれてありがたい限りだ
ワルデン:天才は、さすが言うことが違うな
メノウ:………僕は天才なんかじゃないよ
メノウ:天才は、それ以外を全部捨てた人の事だ。死にものぐるいで、それ以外を捨てて、己の命すら投げ出してソレに没頭するのが本当の天才なんだ。
メノウ:僕は、今まで死にものぐるいでやってきたことは1度もない。何となくで、自分の好きなように彫って、それがたまたま評価されただけ。
メノウ:本当の天才はワルデンみたいな人のことを言うんだよ
ワルデン:それは、俺を馬鹿にしてるのか?
メノウ:っ、
ワルデン:どれだけ手にマメを作ったか、どれだけ酷評されてきたか、どれだけ金をドブに捨てて来たか!
ワルデン:何も無かった凡人が、必死に、血反吐を吐いてやっと得た技術が、己の感覚が、『天才』なんて2文字で片付けられていいわけが無い!!
メノウ:ワルデンは、天才って言葉が賞賛じゃないと思うの?
ワルデン:ああ。むしろ、今のお前にピッタリすぎる言葉だ。2文字で片付けられる人生だったんだろう?
ワルデン:お似合いだよ
メノウ:……そっか、天才は僕にお似合い、か…………
メノウ:…ふ、ふふは、あはははは!
メノウ:そんな事思ったことも言われたこともない!
メノウ:これだから僕はワルデンが好きなんだ。好きで、大っ嫌いなんだ!
メノウ:死にものぐるいで這い上がってくる君が嫌いだ!僕を追い越して行きそうなくせして僕より劣っていると思っている君が嫌いだ!僕よりも評価されていてなお、僕と対等でいようとする君が嫌いだ!
ワルデン:怖い、の間違いじゃなくてか?
メノウ:そうかもしれない。でもワルデンといるのは楽しい。好き嫌い以上に、楽しいんだ
ワルデン:そりゃいい。俺もずっと同じことを思ってた
メノウ:素直なワルデン、ちょっと気持ち悪い
ワルデン:普通に悪口だぞそれ
メノウ:いーんだ。最後は好きにするって決めてるから。
ワルデン:別にお前は何時でも好き勝手やってただろ
メノウ:………まぁね!!
メノウ:じゃあ凡人のワルデンくん。僕の顔を描いてみせてくれ。
メノウ:僕が知らないような僕を、描いてくれ。
ワルデン:無茶言うな。それはお前の専売特許だ
ワルデン:やりながらでいい。俺を気にせず好きに彫れ。
メノウ:おっけ〜。じゃあお言葉に甘えて
ワルデン:お前が彫ってるそれ、誰だ?
メノウ:これ?これはね、ワルデン。世界に絶望するワルデンを彫ってる
メノウ:絶望するワルデンなんて見たことないじゃん?落ち込んだり、納得いかなくてキーキー怒ったりすることはいっぱいあったけど、絶望するワルデンは見たことないし想像もできない!今まさに世界が滅びますといわれても、君が絶望するビジョンがひとつも見えないね!
メノウ:いやあ!ピッタリすぎるくらい僕の芸術感に*則《そく》してる!見てよ!こんな君の顔見たことない(だろ)…………
ワルデン:(早めに遮る)それは「見たことないもの」じゃないだろ
ワルデン:それは、「見たくないもの」だ。違うか?
メノウ:………………
ワルデン:お前がお前の芸術感を否定してどうする。俺の事は1度たりとも否定しなかったお前が、お前自身を肯定できないでどうする
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メノウ:……だって、だってそうあって欲しいんだ。
メノウ:君が崩れ落ちていてなお、おくびにも出さずに気丈に振舞っていていて欲しいんだ。
メノウ:見たくない。見えたくなんてない。そんなワルデンは、僕の解釈違いだ。
ワルデン:本人はそれを否定したいけどな
メノウ:否定しないで!僕が見る最後のワルデンくらい、僕の好きなワルデンであってくれ。
メノウ:見たことない君を、僕は見たくないよ
ワルデン:見たことないものしか彫らないお前がか?
メノウ:他のものなら喜んで表現するよ。でもワルデンの事だけは譲れない
メノウ:誰よりも君を見てきたんだ。どんな芸術家よりも、どんな評論家よりも、どんなファンよりも。僕が1番、ワルデンという人間を知っている。
ワルデン:俺の事は俺がいちばんよく知ってるよ
ワルデン:でも、お前の事は俺が1番分かってる。お前よりもな
メノウ:僕の全部を見たことないくせに
ワルデン:俺は見たものしか描かない画家だ。お前を全部知ってるから、描くんだよ
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0:描き上がった絵を見せる
メノウ:僕が、泣いてる?
メノウ:ワルデン、これが本当に僕の自画像だって言うの?僕、泣いているところを見せたことなんてないでしょ
ワルデン:見たことは無い
メノウ:やっぱり。からかって遊ばないでよワルデン
ワルデン:でも、視たことあるよ。お前がずっと泣いてるの
ワルデン:誰もお前の彫刻を理解出来なくて、自分しか理解してなくて、でも、自分の事だけはいつまでも経っても理解できなくて、それで泣いてる。いつだってお前は泣いてるんだ
ワルデン:お前は自分自身の「見せたくない」を、「見たことない」に書き換えて、「見せたい」自分で繕ってる。偽物の外見を、俺が見間違うことは無い。
ワルデン:いつも言ってるだろ。俺は、見たことあるものしか描けないんだ
メノウ:……見せたくないを、見たことないに、か
メノウ:……………………これだから、凡人の足掻きは嫌いだ。
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0:メノウが作っていた彫刻を壊す
メノウ:やっぱりやめた!!よく考えたらワルデンはいっつも絶望してた!あの新人画家くんに負けた時も!僕が核爆弾のスイッチを押すと決まった時も!だから、このワルデンは見たことあるワルデンだ!僕の求めるものじゃない!!
メノウ:それに、やっぱり自画像は自分で作らないとね。
ワルデン:できるか?
メノウ:できるさ。僕は天才だもの
メノウ:最後の作品になるなら、いっそ派手に作ってやる。この星全部を、僕の*大理石《マーブル》にしてやるんだ!
メノウ:それで、絶対に僕を忘れさせてなんかやらない。僕という名を、*人間《きみ》に刻みつけてやる
メノウ:「やっぱりメノウは越えられない」って。最上級の侮辱を君に贈るよ
ワルデン:面白い。ならやって見せろ。俺が絶望するくらいの、とんでもない作品を
メノウ:あぁ、*ロケットの中《特等席》で見ててくれ。史実に残る、メノウという芸術家の名を!
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ワルデン:(M)128時間後、真っ暗な宇宙の片隅で、ひとつの星が姿を消した
ワルデン:(M)2つに割れた星は、綺麗な縞模様になっていた。それはまるで、共生と繁栄を*司《つかさど》る*瑪瑙《めのう》のような。滅びてなお、終わらないと主張する
ワルデン:(M)彼の晩年の作品の名は、「Edgy Art」
ワルデン:(M)*俺《人類》を挑発する、なんとも反抗的な作品だ
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